田中角栄は「人たらし」と言われた。会った人の心を瞬時につかみ、反対派でさえも虜にする人間的魅力を備えていた。それは言葉だけの力でもカネだけの力でもない。「人を操る心理学」を熟知していたからだろう。角栄の数々の名言の背後にある人心掌握の哲学を探求していこう。ジャーナリストの武冨薫氏がレポートする。
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〈人にカネを渡すときは、頭を下げて渡せ。「くれてやる」と思ったら、それは死にガネだ。〉
金権政治の象徴のように言われる角栄は、気前よくカネを配ったことで知られる。政治家、官僚、さらに彼らが乗ってきた公用車の運転手にまで「心付け」を欠かさなかったという。そんな時代でもあった。
しかし、受け取った側は引け目を感じる。渡し方を間違えると反発を招き、敵に回りかねない。角栄はその難しさをよく知っていた。
こんなエピソードがある。派閥の若手議員が女性問題で100万円のカネが必要になり、金策が尽きて電話で角栄に泣きついた。当時の100万円は大金だ。
「わかった」
角栄は秘書に「300万円」を届けさせた。こんなメモが添えられていた。
「このうち100万円で話をつけろ。そしてあとの100万円で迷惑をかけた周りの人にうまいめしを食わせてやれ。残りの100万円は取っておけ。
返済は無用」
この議員が、角栄が死ぬまで忠誠を誓ったことは言うまでもない。
※SAPIO2016年9月号