人は死に至るさまざまな病名を知っているが、実際にそれらがどれだけの痛みを伴うのかは、なった者でなければわからない。究極的に言えば、死ぬ瞬間の痛さは死んだ者にしかわからないということになる。
それでも、遺された家族、間近に診てきた医師や看護師、そして九死に一生を得て生還した患者らの証言によってその手がかりを知ることはできる。死ぬ瞬間、一番痛い死に方は何だろう。
「夫がトイレに行こうと、リビングのソファから立ち上がった瞬間、“痛い!痛い!”と叫び、驚いた表情で背後を睨みつけたんです。すぐに苦悶の表情を浮かべて“あぁーッ痛い、痛い、痛い、痛い!”と叫んだかと思うと、そのままうずくまって黙りこんでしまった。何が起こったのかわからず、“大丈夫?”と声をかけるしかできなかった。異変に気づいて救急車を呼んだのですが、それから2週間後、夫は亡くなりました」
昨夏、夫をくも膜下出血で亡くした宮本敏子氏(60・仮名)は、今も亡夫の最期の表情が脳裏に焼き付いているという。救急救命士で帝京平成大学健康メディカル学部の鈴木哲司・准教授が解説する。
「くも膜下出血は強烈な痛みを伴います。金属バットで後頭部を思いきり殴られたような痛みと表現する人もいるほどです。誰かに殴られたのかと思って背後を睨みつけた、というのも決して大げさではないでしょう。痛みに加えて吐き気や寒気も襲い、意識を失うまでその痛みはずっと続きます」
年間11万人以上が命を落とす脳血管疾患(脳梗塞や脳出血など)の約1割を占めるのが、くも膜下出血だ。
原因の9割は脳動脈瘤の破裂によるもので、発症すると約3分の1の人が亡くなると言われる。
同じく強烈な痛みを持ち、医療関係者も恐れるのが急性心筋梗塞である。心臓に酸素や栄養を送る冠動脈が詰まり、血流がストップして心筋が壊死してしまう病気だ。前出の鈴木准教授が語る。
「救急医療の現場で多くの搬送を見てきましたが、患者が最も苦しそうにしていたのが急性心筋梗塞です。多くの患者がその苦痛を、“バールのようなもので胸を思いっきり叩かれたような痛み”や“熱した鉄棒で(心臓のある)左胸を抉られる感じ”などと表現していました。実際、手足をバタつかせ悶え苦しみながら搬送中の救急車内で心肺停止に至ったケースもあります」
鈴木氏によれば、激しい痛みに加え、吐き気や呼吸困難を伴うことも多く、亡くなる人の半数以上は、発症から1時間以内に死亡しているという。
※週刊ポスト2016年8月19・26日号