【書評】『キャプテン・コリア』荒山徹著/光文社/1700円+税
【評者】関川夏央(作家)
一九〇九年十月二十六日朝、安重根は満洲・哈爾浜(ハルビン)駅頭で伊藤博文を暗殺した。
百余年の歳月が流れた。彼を「義士」として称揚する韓国のために中国は、高さ三百メートルの安重根像を哈爾浜に建てた。国家主席はその竣工式の朝、巨大像の頭部で、哈爾浜市を安重根市と改称してもよいと韓国女性大統領にささやく。韓国を中国という「アリジゴク」に誘い込んでいる。
だが、テロリスト像を中国領内に建てたままではまずい。用が済めばすぐ壊せるように「豆腐渣(おから)工法」の粗製巨大像であった。
そこを襲ったのが韓国製「超兵」、クローン安重根である。伊藤へのテロの覚悟の証しとして自ら噛み切った左手薬指のDNAからつくりだされたクローン安重根は、近年日本人が書いた本で中国の野望を知り、国家主席暗殺を試みた。
いかにも直情径行だが、それこそが安重根のDNA、韓国併合反対論者の伊藤暗殺も早合点であった。しかしクローン安重根は、弾丸をはねのける「檀君バリアー」、垂直の壁も登れる「パルッパダッ重力」という超能力を持つ。
それを阻止したのがやはり超能力の持主、ヘルメットにKの字、胸に鮮やかな赤と青の太極旗をえがいた「キャプテン・コリア」高莉亜であった。
たしかに、テロリストを「義士」「英雄」とは、世界に通用しない理屈だ。先進国に似合わぬ過剰なナショナリズムと日本差別、実証とは程遠い宗教がかった歴史認識、対馬の寺から韓国人が盗んだ阿弥陀如来を返還しない態度、それらを疑う「キャプテン・コリア」は、韓国製なのに人の意見を聞いて成長するタイプなのだ――。
しかしヘイト小説ではない。野太く破天荒な想像力、それに加えてコリアの知識の該博さ、この伝奇小説そのものがコリア民族主義への、愛情とユーモアにあふれるたしなめになっている。偉大な先達山田風太郎も一読、心をひらいて哄笑されることと思う。先生に読ませたかった。
※週刊ポスト2016年8月19・26日号