【書評】『原油暴落の 謎を解く』岩瀬昇著/文春新書/800円+税
【評者】山内昌之(明治大学特任教授)
人口増が起これば、長期的にエネルギー需要は伸びていく。現在72億人の世界人口は、2035年には85億人に、40年には90億人になるとも言われている。著者は、こうした長期トレンドに加えて、将来の需給バランスの見通しを市場参加者が判断材料とする限り、やがて石油価格も急騰すると考える。
確かに、OPEC(石油輸出国機構)が減産を決めず、産油国の地政学的リスクが爆発しなければ、原油価格は2017年まで上がらないだろう。それでも、2015年以降のIOC、つまり国際石油会社などの資本投資削減の影響が、数年後には増加した需要をまかなうだけの供給量を保証できないという形で出てくるために、やがて価格も上昇するというのが著者の見立てである。
この際の指標となるのは、アメリカのシェールオイルの新規増産の生産コストになる。著者は、その数字として60ドル以上を挙げる。では時期はいつになるのか。著者は、この点になると存外に慎重となる。
IOCの価格予測が毎年のように見直されているので、数十年間継続していく際の経済性の根拠となる「価格」こそ、将来の原油価格がどうなるかのヒントの塊になると示唆する。しかし現状では、そのヒントの塊を少しでもうかがうことができないと慎重に終始するのだ。
本書は、2016年4月に行われたドーハ会議が生産量据え置きで合意することに失敗した背景も分析している。余剰生産能力をもつのはサウジアラビアとイランだけであるが、イランが会議を欠席したために、イランと断交中のサウジは経済的要因よりも政治的要因を優先させ、1月実績ベースでの生産量据え置きに反対したのであった。
注目すべきは、この決定を公にしたのは、副皇太子のMBSことムハンマド・ビン・サルマーンだったことである。アラムコの株式売却などサウジの内政改革案の「ビジョン2030」にも触れているのは、著者の慧眼というべきだろう。
※週刊ポスト2016年8月19・26日号