2年前に妻に先立たれ、都内で一人暮らしをしていた75歳の男性Aさんは昨年夏に風呂場で転倒し、右の大腿骨頸部を骨折した。最寄りの総合病院に入院したAさんだが、手術後、症状が安定すると退院を迫られた。
リハビリの必要があるため「介護老人保健施設(老健)」に入所。しかし3か月経つと、“これ以上、施設は利用できない”と告げられた。足下にはまだ不安があり、また転倒するリスクを考えると一人暮らしに戻れる自信がない。
入居できる施設を探そうにも、施設サービス費と居住費・食費などを合わせて月7万円ほどで利用できる多床室型の「特別養護老人ホーム(特養)」はどこも順番待ちで、いつ空きが出るかわからない。リハビリのための「老健」には月9万円ほどで入れたのに対し、民間の「有料老人ホーム」は月20万円以上のところばかり。月12万円の年金で暮らすAさんには手が出ない──。
そんなふうにして行き場を失う高齢者が増えている。高齢者介護施設に詳しい経営コンサルタント・濱田孝一氏が説明する。
「骨折などをきっかけにした入院が長引くと、体力や認知能力が一気に落ちてしまうことがよくあります。そうなると在宅で過ごすのは難しくなりますが、いきなり必要になった施設の入居費用が工面できずに苦労するケースが多いのです」
比較的少ない負担で長期利用が可能な「特養」は社会福祉法人や地方自治体などが運営する公的な介護施設で、多額の公的補助が投入されるため、施設も充実している。ただ、そうした特養に入りたくても入れないのが「待機老人」だ。
厚労省の最新の発表では、全国の特養への入所申込者は約52万人にのぼる(2014年3月発表)。同省が約2万人と公表する待機児童の数よりはるかに多い数字だが、NPO法人・社会保障経済研究所代表の石川和男氏は、待機老人の数はもっと多いはずだと指摘する。
「厚労省のいう52万人は“申し込みをしたのに入居できなかった人”の数です。問い合わせだけして諦めた人や最初から入居は無理と諦めた人は数字に含まれていない。
介護が必要となり、自治体に申請を出して要介護認定を受けた65歳以上の人は約620万人いますが、そのうち在宅サービスも施設サービスも受けられていない人が100万人近くいます。その多くは特養のような施設の空きを待っていると考えられます。潜在的な待機老人の数は、役所の発表する数字どころではないのです」
※週刊ポスト2016年9月2日号