8月8日午後3時。天皇陛下はビデオメッセージを通じて国民に「お気持ち」を示された。時間にして11分だった。7月13日、陛下が「生前退位」の意向を示されているとNHKが報じて以来、摂政を置けばいいのではないかという意見が政府や一部の論客から出ていた。陛下はそれに答えるように、こう述べられた。
《天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません》
天皇や皇室にまつわる法律である皇室典範第16条第2項には、
《天皇が、精神若しくは身体の重患又は重大な事故により、国事に関する行為をみずからすることができないときは、皇室会議の議により、摂政を置く》
とあるが、それを遠回しながらもはっきりと拒否されたのだ。京都産業大学名誉教授の所功さんが言う。
「昭和天皇は昭和63年秋に大量吐血され、明日をも知れぬ状態になられたときでさえ、摂政を置かなかった。それは、昭和天皇が皇太子時代の大正10年から重病の大正天皇にかわって5年間、摂政を務められ、お父上がおられるのに天皇の代行をすることの難しさを経験してこられたからです。そのいきさつを陛下は充分ご存じですから、摂政を置くということはよくないとお考えになられたのでしょう」
神戸女学院大学准教授の河西秀哉さんは「かなり踏み込んだご発言です」と話す。
「つまり、天皇自身が生前退位以外の選択肢を排除し、今の皇室典範では対応できないと主張している。生前退位のために新しい皇室典範に改正してほしいというメッセージとも受け取れます」(河西さん)
安倍首相は陛下のお言葉を受けて、「重く受け止めています」などとコメントを読み上げたが、陛下の全身全霊の思いをどこまで感じ取っているのか。放送大学教授の原武史さんは言う。
「すぐに対応しては天皇の発言が政治的なものと認めることになる。かといって世論調査で9割近くが生前退位を支持するという『民意』が示されている以上、黙殺もできない。対応に大わらわでしょう。有識者会議を作るということですが、いつまでも議論を続けていては結局この『民意』に背くことになります」
陛下が「生前退位」という直接的な表現を避けつつも強いお気持ちを示されたのは、ただ「象徴としての務めが果たせない」という理由だけではない。お言葉の中ではこうも語られている。
《天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。