厚労省の最新の発表では、全国の特別養護老人ホーム(特養)への入所申込者は約52万人にのぼる(2014年3月発表)。同省が約2万人と公表する待機児童の数よりはるかに多い数字だ。
この7月には、「特養の待機者が急減した」とのニュースが各メディアで報じられた。東京都高齢者福祉施設協議会が都内の特養に対して行なったアンケート調査の結果が公表され、〈1施設当たりの平均待機者数は2013年11月の360.0人から2015年同月には296.3人と17.7%減っていた〉(朝日新聞、7月2日付)というのだ。
この“急減”にはカラクリがある。特養の入所要件が厳格化されたのである。
介護保険法の改正に伴い、2015年4月から「原則として要介護度3以上の人以外は、特養に入所できない」という通達が厚労省から出された。特養に入る資格を持つ人が減ったから、待機者も減ったという数字のマジックである。
この通達については、“これまで、重度の要介護者なのに在宅生活を続けなくてはいけない人が多かったので、そうした人を優先的に入居させるための改正”との説明がされているが、問題は施設への入所の緊急性は、要介護度だけでは計れないことだ。
首都圏の老人ホーム情報を紹介するフリーペーパー『月刊あいらいふ』編集長の佐藤恒伯氏の説明。
「たとえば認知症を患っている方の場合、要介護度が低くて自分で動き回れる人のほうが、徘徊リスクなどがあり、在宅でケアするには家族の負担が大きくなる。そうした家族のニーズは、今回の通達で切り捨てられることになりかねません。弊社にも、“要介護度2で認知症を患っている父は、どうすればいいのか”といった問い合わせが相次いでいます」
問題が根深いのは、カネがあるかないかで最期の迎えた方に大きな違いが出る、「死に方」格差ともいえる状況が生まれていることだ。
まとまった貯蓄や十分な年金収入があれば、特養の順番待ちをせずとも、民間の有料老人ホームに入る選択肢が出てくる。
「行き場を失う待機老人になるかのボーダーラインは、月額18万~20万円を捻出できるかだと思います。そのくらいあれば首都圏の有料老人ホームでもそれなりの施設で空きが見つけられます」(前出・佐藤氏)
年金支給額は、国民年金が平均月額で約5万4000円、厚生年金は約14万8000円だ(平成26年度、「厚生年金保険・国民年金事業の概況」)。佐藤氏の示した数字は、決して低いハードルではない。
※週刊ポスト2016年9月2日号