【書評】『イノベーションは「3+7の物語」で成功する 松下幸之助から学んだ経営のコツ』(佐久間曻二 著/PHP研究所/1600円+税)
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
著者は、松下電器(現パナソニック)の元副社長。グローバル企業の経営陣のひとりとして、組織を引っ張ってきた。早くから社長候補として呼び声が高かったが、自身のあずかり知らない子会社の不祥事の責任を問われ辞任させられた。“不運の人”でもある。
背景には、経営改革をめぐっての創業家と経営陣の対立があり、改革の先導役だった著者が詰め腹を切らされた──と言われている。
元日本興業銀行頭取で、財界の鞍馬天狗と異名をとった中山素平は、「あの件はきみには責任はない!」と嘆き、「もう一度どこかでチャンスをやろう」と心を砕いたという(ふたりは、広い意味で師弟関係にあった)。
その中山が用意したポストが、「日本衛星放送株式会社(WOWOW)の再建」社長という困難なもの。当時のWOWOWは、「だれがやってもダメだ。もう手遅れだ」と言われるまでに累積赤字を膨らませ、まさに倒産寸前だった。しかも社員たちの危機意識は薄く、「電器メーカー出身の素人社長にいったい何ができるのか」。お手並み拝見と身構えていたという。
自ら動こうとしない社員の心を揺さぶり、組織の一体感を生み出し、目標に向かって邁進させるのはドラマの演出に似ている。原動力は“経営の神様”、松下幸之助から直接教えを受けた経営のコツと、自らの経験を整理して作った「3つの心構えと7つの決め手」。
まずは、現場に足を運び、聞き上手に徹するなどの心構えで情報を収集し、変革の「ドラマをみずからつくり、みずから演出し、みずから主役をはる」。大切なことは、メッセージとして発した言葉は揺らぐことなく、確固たる信念で貫くことだという。
途中、過労からヘルペスにかかり、顔面を歪めながらも休むことなく組織を甦らせ、3年で赤字経営から抜け出した。その顔は本書に収録されており、経営の厳しさを無言で語っている。貴重なノウハウだけでなく、再建の物語としても面白い。類のない経営指南書である。
※週刊ポスト2016年9月2日号