厚労省は2014年3月、〈人生の最終段階における医療に関する意識調査〉の結果を公表した。それによれば、終末期に望まない治療として、(胃に穴を開けて管を通す)「胃ろう」が71.9%、(心臓や呼吸が止まった場合の)「心肺蘇生処置」が68.8%、(器官に管を入れる)「人口呼吸器の使用」が67.0%、(鼻に管を通して流動食を入れる)経鼻栄養が63.4%など、主な延命治療に多くの人が拒否反応を示している。
患者自身が望まないにもかかわらず延命医療が施される背景には、家族と医師の事情がある。関西の大学病院で日々、高齢患者を看取っている医師が語る。
「例えば自分の親や妻が中心静脈栄養を付ければ、あと3か月延命できると言われたら、ほとんどの親族は処置を希望する。特に遠方に住む親族ならなおさらです。入院期間を知る近くの親族は、死を覚悟できるが、遠くの親族は患者の延命による辛さが理解できず、“生きているだけで嬉しい”と自分本位な考えで、延命治療を選んでしまうのです」
医師は延命治療を始めれば、中断することができない。江別すずらん病院認知症疾患医療センター長の宮本礼子氏が語る。
「医学教育では患者の命を救うこと・延ばすことを教えられます。しかし、終末期の患者に対し、無用な苦痛を与えず、どうすれば安らかな最期を迎えさせてあげられるかは考慮されない。『QOL(生活の質)』についてはよく言われるようになりましたが、『QOD(死の質)』についてはまだ語られない」
昨今は自分がどんな終末期医療を受けたいのかを事前に書き残す「リビング・ウィル」も浸透し始めているが、それが医療現場で反映されるケースは少ないという。
そんななか、患者の意思を尊重して延命治療を拒んだ家族もいる。昨年、92歳の母親を看取った高田実氏(仮名・64)がそうだ。
「病院嫌いの母は、自力で食事が摂れなくなるほど衰えても、“体に管は入れない”と延命治療を拒み続けました。点滴すらしませんでしたが、苦しむことなく眠るように逝った。医師は“理想の老衰死です”と言ってくれました」
入院患者の9割以上を高齢者が占める木村病院院長の木村厚氏はこう話す。
「私は自分の口から食事ができなくなったら、人生は終わったと考えています。食事ができるかどうかが、QOLを担保する重要な構成要素と考えるためです。食べられなくなったら、自分に延命治療をしてほしくない。これが本音です」
苦しくても長く生きること、楽に早く逝くこと。幸せなのはどちらだろうか。
※週刊ポスト2016年9月2日号