鉄道と地域開発、政治は切っても切れない関係にある。政治の力によって開発された駅や路線のなかには、利用者激減のため使われなくなった幻の路線もある。約40年前まで姫路市内を走っていたモノレールと、その現在について、ライターの小川裕夫さんがリポートする。
* * *
昨今、田中角栄ブームが再燃している。石原慎太郎著『天才』(幻冬舎)は70万部のベストセラーになり、田中を取り上げる書籍や雑誌は後を絶たない。田中は『日本列島改造論』で日本全体を熱狂させ、政界のスターへとのし上がっていった。
田中が著した『日本列島改造論』を体現するのに、もっとも機能したのは鉄道だった。田中は長岡鉄道の社長を務め、鉄道が地域に大きな富をもたらす力を内包していることを痛感。
そうした経験から、田中は自民党幹事長時代に「新幹線は地域開発のチャンピオン」と形容し、全国に新幹線を建設することを急いだ。
そうした田中の鉄道への傾斜は時に強引に映る部分もあったため、疑惑をもたれることも少なくなかった。例えば、田中の選挙区だった新潟県南魚沼市には上越新幹線の浦佐駅がある。浦佐駅には、田中が没した今でも払拭しがたい疑惑が囁かれている。
浦佐駅は大正12(1923)年に開業しているが、一帯は水田が広がる農村だったために利用者は決して多くなかった。そんな小さな駅だった浦佐駅だが、上越新幹線が開業すると、新幹線の停車駅に決まる。
在来線でさえ利用者が多くない浦佐駅なのに、新幹線を利用する人はいるのか? そうしたことから浦佐駅に新幹線駅が造られたのは、田中の政治力によるものではないか? と、多数の人たちが勘繰るようになる。駅前にある田中角栄像は、それらの疑惑に根拠を持たせる材料になっている。