「半年は難しいでしょう。余命はあと5か月です」──19年前にNPO法人『がんを学ぶ青葉の会』代表の松尾倶子さん(70)がスキルス胃がんと診断された際、医師から告げられた余命宣告だ。
その瞬間、当時51歳の若さだった松尾さんは頭の中に爆弾を落とされたような感覚に陥った。隣で聞いていた姉はショックで倒れ、夫はパニックで持っていたカバンの口の開け閉めをひたすら繰り返すばかりだったという。
「10日後に手術することが決まりました。帰宅後、家族に見られない場所で穴が開くんじゃないかと思うほど部屋の床を叩き続けました。それまでは普通に食べていた食事もその日を境に受けつけなくなり、日に日に生きる気力を失っていきました」(松尾さん)
不安と悲しみで憔悴する一方の10日間を過ごした松尾さんだったが、手術は成功した。手術で開腹した際、がん組織が内部まで深く進行する浸潤の程度はわずかで、とても余命5か月を宣告される状態ではなかったことがわかったという。松尾さんがこう振り返る。
「余命宣告はまったく外れていました。何を根拠に言った数字だったのでしょうか。その数字が患者の人生にどれだけ悪影響を及ぼすか医者はわかっていない」
余命と聞くと、大半の人は「死ぬまでに残された命の期間」と考えるだろう。だが、一般に医者が患者に告げる数字は、その人の残りの寿命を指すわけではない。ある病気の「生存期間中央値」なるものを告げるケースが大半だという。
生存期間中央値とは、その病気に罹った患者群の半数が死亡するまでの期間である。例えば100人の患者グループを対象とした場合、50人目が亡くなった時点(期間)を生存期間中央値という。
大腸がん患者の余命が「2年半」と告げられるケースが多いのは、調査した大腸がん患者群の生存期間中央値が30.9か月だったとの結果による。
患者側はてっきり自分の病状や進み具合などを勘案されて弾き出された数字と思ってしまうが、全く無関係なのだ。日本医科大学・武蔵小杉病院腫瘍内科の勝俣範之氏が話す。
「いわゆる余命が、生存期間中央値であることを説明しない医者が多いため、混乱の要因となる一面があります。
余命は患者が亡くなるまでに3週間を切っていれば85%の確率で当たると言われます。余命2~3週だとむくみやせん妄、呼吸困難など全身のアクティビティ(活動)が目に見えて下がってくるので、客観的に判断しやすくなるのです。しかし3週間を超えると3分の1も当たらないという研究データもあります」
※週刊ポスト2016年9月9日号