ラグビーファンならずとも、新日鐵釜石ラグビー部の名は聞いたことがあるに違いない。地元出身の高卒選手を中心とする「雑草集団」でありながら、獲得した全国タイトルは歴代最多の26。日本選手権で前人未到の7連覇(1979~1985年)を果たした伝説のチームだ。彼らは「北の鉄人」と呼ばれ、岩手県釜石市の山間にある松倉グラウンドで、おのれの心技体を磨いた。
この北の大地に、かつての伝説を復活せんと奮闘する男がいる。現役最年長ラガーマン、伊藤剛臣、45歳だ。新日鐵釜石の流れをくむクラブチーム、釜石シーウェイブス(トップイーストリーグ1部)のフォワードである。
「先日、トヨタや東芝と練習試合をしたんですが、向こうのヘッドコーチもスタッフも、皆僕より年下でした(笑い)。まあ釜石でも、コーチは全員年下なんですが……」
笑いながらこう話す伊藤だが、相手とぶつかり合う接触スポーツのラグビーでは、30代半ばを過ぎて現役であることは希だ。伊藤と同世代の仲間は現役を退き、多くは指導者となった。
伊藤は、一時代を築き上げたレジェンドのひとりだ。日本代表のキャップ(国際試合出場数)は62を数え、ワールドカップには2度出場。法政大学時代には大学日本一を達成。神戸製鋼コベルコスティーラーズでは、日本選手権7連覇など中心選手として活躍した。
そして40歳の2012年2月、伊藤は神戸製鋼から契約終了を告げられる。会社はそれまでの功労に対し、再就職先も用意した。妻と娘を養う身としては、ありがたい話だった。神戸で選手を終えるつもりだった伊藤は引退を承諾し、マスコミにも発表された。
「でも、どこかで納得していなかったんでしょうね。高校から始め、25年間、ラグビーに生きてきたわけですから。自分はラグビー馬鹿です。そんな男が、ラグビーを手放していいのかと」
そんな折、日本代表で一緒だった吉田尚史(現・東洋大学ヘッドコーチ)から1本の電話が入る。