一般に医者が患者に告げる「余命」の数字は、必ずしもその人の残りの寿命を指すわけではない。ある病気の「生存期間中央値」なるものを告げるケースが大半だという。つまり、「その病気で亡くなる人が100人いた場合の50人目の人の亡くなった時点」を意味しているわけだ。だからこそ患者の病状を斟酌して決められるものではないのだが、余命宣告が悲劇を生むケースは少なくない。
21年前、胃がんと診断され「余命半年」と告知された遠藤朋美さん(仮名・72)は告知後はショックから1か月で体重が10キロ以上落ち、“余命あと何日”とカレンダーに毎日バツ印を付ける日々を送っていた。
両親もすでに他界し、独り身ながら相応の資産を持っていた遠藤さんは死後、所有している資産が散逸しないよう、唯一の親族だった姉にダイヤなどの宝飾品、現金、株券などを譲渡することを決意。余命宣告から2か月後には数千万円相当の資産を姉に譲り渡したという。
「あれから20年以上経ちました。10年前に、医師から“寛解(腫瘍がなくなること)しました”と告げられ、心からホッとしたことを覚えています。でも、入院や治療費などで出費が積み重なったため、数年前から預金も底を尽き、困窮状態に陥りました。
姉には幾度も“宝石やおカネを返して”と頼んでいるのですが、“自分の娘にあげてしまって取り戻せない”の一点張り。余命宣告を真に受けたせいで、財産は失い、唯一の肉親である姉とも断絶状態。今後の生活のことも不安ですが、それ以上に自分の最期が孤独死になる可能性が高いという現実に打ちひしがれそうになる」(遠藤さん)
余命宣告が原因で、訴訟に発展したケースもある。
2011年3月に、胃がんで「余命数か月」と告知された70代の女性が、ショックから家族も判別できないほどの意識障害に陥り、1年後にがんで死亡した。
その後、女性の遺族が「望んでいない余命宣告により精神不安定になり、十分な治療を受けられなかった。死亡したのは病院側の過失」だとして、約4500万円の慰謝料を求めて、入院していた大学病院を提訴したのだ。
余命宣告に翻弄され、望まない「死に方」をした不幸な例は現実にある。
※週刊ポスト2016年9月9日号