【著者に訊け】月村了衛氏/『水戸黄門 天下の副編集長』/徳間書店/1600円+税
国民的で痛快で、「みんなが楽しい」娯楽の王道──。エンタメ界注目のストーリーテラー・月村了衛氏は、だからこそ「水戸黄門」に着目したという。表題は『水戸黄門 天下の副編集長』。副将軍ではなく、副編集長である。
「副将軍というのはあくまでドラマ上の演出ですし、水戸黄門=諸国漫遊というイメージも後世の講談以来、多くの映画やドラマが作られる中で定着した。今作の“史実により忠実なコメディ”が成立するのもそうしたイメージのおかげで、喜劇的想像力を非常に刺激される、やりがいのある素材でした(笑い)」
出色は、水戸藩前藩主がなぜ諸国を旅したかという、その理由である。引退後は小石川の藩邸内に「彰考館」を設置し、『大日本史』編纂に尽力した光圀は、一向に進まない作業に怒り心頭だ。ある時、彼は締切を守らない執筆者に自ら談判すると言い出し、安積澹泊覚兵衛(あさかたんぱくかくべえ・覚さん)や佐々介三郎宗淳(介さん)を供にお忍びで旅に出る。つまり水戸の御老公一行が諸国を漫遊した動機は、世直しではなく〈原稿取り〉だった!?
〈一つ、執筆者は生かさず殺さずを以て旨とすべし〉〈一つ、締切破りは天下の大逆と心得べし〉……と、光圀直筆の心得が仰々しく張り出された彰考館の一室。それを見る度に本書の語り手で同館総裁・安積覚兵衛は人知れず溜息をついた。
「日本書紀」以来の編年体ではなく、予算も人手もかかる紀伝体による国史編纂にこだわる光圀の夢を実現すべく彼は頭を痛め、反対派との板挟みにもなってきた。が、光圀は先ごろお吟という謎の女を机(つまり編集デスク)に抜擢。〈なるほど男には為し得ぬ冷酷〉〈男はつい同情する。執筆者への義理や後々の付き合いも考える。そこが女は容赦がない〉と覚兵衛は思う。