2016年に入って右肩上がりの上昇が続いてきた金価格。はたして現在はどのような需給構造になっているのか。マーケット ストラテジィ インスティチュート代表取締役の亀井幸一郎氏が解説する。
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金価格を支えるメインプレイヤーが、中国・インドなどの新興国から欧米の投資マネーにシフトしている。2016年下半期の金市場もこの傾向が続くだろう。
金市場では何が起こっているのか。それは金ETF(上場投資信託)の残高が如実に物語っている。
金の広報調査機関ワールドゴールドカウンシルが公表している今年第2四半期の世界の金需要の推移によると、4~6月期の金ETFは236.8トンとなった。前年同期は23トンの売り越しだった。1~3月期には342.5トンを記録していたが、引き続き高水準の需要が続いている。今年の上半期だけで合計579.3トンとなり、上半期としては過去最高となった。前年はわずか2.6トンだった。
これは明らかに、欧米投資マネーの大量流入を示している。一方、宝飾品は中国・インドの実需の落ち込みを背景に、上半期は925.3トンと、前年同期より185.5トンも減少した。
実は昨年末までは、投資マネーと新興国の売買傾向は、まったく逆の動きをしていた。
米連邦準備制度理事会が約9年半ぶりの利上げに踏み切った昨年12月、16年中に4回の利上げが実施されるとの見方も強かったことから、金が大きく売られた。ヘッジファンドが売りを仕掛け、ニューヨーク商品取引所(COMEX)金先物市場では同月、1トロイオンス(約31.1035グラム)=1045.40ドルの安値を付ける局面もあった。しかし、1050ドルを割れると、中国を中心としたアジア勢の強烈な実需の買いが入り、金価格の下落に歯止めをかけた。
欧米のヘッジファンドによって金が売られすぎて下落した局面では、アジアを中心とする新興国が旺盛に現物買いを入れてくるのが近年のパターンだった。この時も状況的には1000ドルを割れてもおかしくなかったが、新興国の買いが下値をサポートした。
空売りをしていたファンドは、なかなか価格が下がらないため、金を買い戻し始めていった。その後、日銀のマイナス金利導入、米国の追加利上げの見送りなども受けて、金価格はじわりじわりと水準を切り上げながら上昇していった。5月2日には1306ドルと、昨年の高値1307ドル付近にまで達した。
だが、今年に入ってから5月までの上昇は、複合的な要因はあるものの、過去の節目となった高値のように何か大きなイベント(出来事)があったわけではない。国際金融環境を映した、いわば「マクロ型」の上昇といえる。
対して「イベント型」上昇はどうか。昨年の高値1307ドルをつけたのは、スイス国立銀行(中央銀行)が対ユーロ上限を撤廃した「スイス・ショック」による上昇だった。ところが、今年はマクロ型の上昇が続く中で、6月下旬にイベント型の上昇が加わった。それが、英国の欧州連合離脱の決定だった。
国民投票の結果が出た6月下旬以降、金融市場の混乱は金価格を押し上げた。リスク回避で金市場にも資金流入が加速し、7月5日には、世界最大の金ETF「SPDR(スパイダー)ゴールド・シェア」が残高を1日だけで28.81トン増やした。翌6日には、COMEX金先物市場で2年4か月ぶりの高値となる1377.50ドルをつけた。その後、調整に入り、8月現在は1300ドル台ばで推移している。
6月下旬以降、イギリスやドイツなどを含めて欧州でも金がよく売れている。現在の高値圏をつくっている主役は、欧米のヘッジファンドだが、フランスでのテロ事件やブレグジットを受けて膨らむ不安心理などから新たに金を買う動きや、保有中の金を手放さない傾向が総じて強まっている。こうしたリスク回避の買いが、インドや中国の金需要の落ち込みをカバーするような需給構造になっている。
※マネーポスト2016年秋号