内閣府の意識調査(2012年)によると、自宅で最期を迎えたい高齢者は54.6%にのぼる。しかし、実際に自宅で臨終を迎えるのはわずか12.8%だ(2014年)。この現実と理想のギャップを埋めるために政府は在宅医療を推進しているが、「自宅で最期を迎えたい」との切なる願いは簡単には叶わない。
神奈川県に住む大島豊さん(仮名・61)の父親(享年89)は長年、肺がんで入退院を繰り返していた。昨夏、医師から「余命3か月」と告げられたのを機に、在宅医療に切り替えた。しかし、病院から紹介された在宅医は、大島さん一家を困惑させてばかりだったという。
「自宅に戻って1か月後、喉をゴボゴボと鳴らし、呼吸が苦しそうな父を見かねて在宅医に電話したところ、“痰が詰まっているだけ。心配ありません”との返事でした。
“診てないのに分かるんですか? 往診してくれませんか?”と懇願したら、渋々“明日の昼なら行けます”と言うんです。緊急時はすぐに駆けつけると聞いていたのに話が違うと抗議すると、“だったら救急車を呼んで病院で診てもらったほうが早いですよ”と言い放ったのです。
父は搬送された病院で重症の急性肺炎と診断され、すぐに入院。救急処置で一命を取り留めましたが、何のための在宅医なのかと思いました」
在宅医療とは主に高齢者が病院ではなく、自宅で医師や看護師の訪問による診療を受ける医療行為だ。
往診は月に2~4回ほどで、容態悪化時には24時間態勢で診察し、看取りにも備える。「自宅で死にたい」と願う患者にとっては心強い制度だが、現場では混乱が生じるケースが少なくない。在宅医療専門医で「しんじょう医院」院長の新城拓也氏が話す。
「病院の勤務医は、循環器や心臓、がんなど各専門分野が分かれているのに対し、在宅医が診る病気は多岐にわたり、あらゆる症状に対応しなければなりません。しかし、患者をトータルで診ることのできる在宅医は少ないのが現状です。
在宅医のニーズが高まる中、特に内科の経験が浅い医師が新規参入するケースもあり、経験不足によるトラブルも増えているようです」
※週刊ポスト2016年9月16・23日号