NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』では、常子(高畑充希)が雑誌『あなたの暮し』を創刊。編集部員が庶民の暮らしに役立つ情報を届けるために奮闘する姿が描かれるが、そのモチーフとなっているのが実在する生活総合誌『暮しの手帖』だ。
同誌ではドラマで「商品試験」として描かれるように、トースターでパンを4万3000枚焼くなど、徹底的な試験「商品テスト」を行っていた。ベビーカーのテストでは赤ちゃんと同じ重さの重りをのせて、100km走行させ、耐久力を調べた。
男性用Tシャツは実際に着て調べた。3つのメーカーのTシャツを、男性の編集部員が順に着る。これを8か月間も続けた。『ぼくの花森安治』の著書がある元編集部員の二井康雄さん(70才)が当時を振り返る。
「編集部員の男性、ほぼ全員が、毎朝会社で24時間着たTシャツを脱いで、次のTシャツに着替えます。もちろん、花森さんも協力します。脱いだシャツは毎日同じように洗って干して、乾いたら、伸びたり縮んだりしていないかなど細かく調べて、ノートに書き留めていきました」
数ある商品テストの中で、印象深いものを聞くと――元編集長の尾形道夫さん(66才)は、「電気掃除機の商品テストですね」と話す。
「掃除機が実際にゴミをちゃんと吸うのか、吸い込み方が安定しているかなど調べないと意味がありません。そこで、実際のゴミを集めることになりました。大きめの団地に行って、いろんなお宅から掃除機を借り、中のゴミをくださいとお願いしました。そして、お借りした掃除機を掃除してお返しするとともに、掃除機に入っていたゴミをふるいなどを使い、細かい砂のようなゴミや髪の毛など何種類にも仕分けして、掃除機に吸わせるテスト用のゴミをつくったのです。本当に大変でした」
二井さんがよく覚えているのは、掲載までに2年半かかった蛍光灯のテストだ。
「4銘柄16本ずつの計64本の寿命、明るさ、電力をテストしました。テストが始まって1年ほど経ったとき、途中結果を花森さんに報告したら、“いい加減なデータだ!”と怒られて、蛍光灯をすぐに買い直して、やり直すことになりました。蛍光灯を2時間45分点灯し、切って15分休んでまた点灯する。蛍光灯の寿命がつきるまで延々7500時間ほど繰り返したので、苦労しましたね」
妥協は許されない。いつも真剣勝負。だからこそ、テスト結果が世の中を動かすこともあった。
「ビタミンCが含まれていると宣伝している商品が、テストの結果、ビタミンCが含まれていないことが判明したことがありました。容量の小さい商品には含まれているのに、大瓶にはまったく含まれていない。結果を公表したところ、国会でも取り上げられ、商品は回収されました」(元編集部員の小榑(こぐれ)雅章さん(78才))
花森さんはかつて『暮しの手帖』にこう記している。
《〈商品テスト〉は、じつは、生産者のためのものである。生産者に、いいものだけを作ってもらうための、もっとも有効な方法なのである》
ドラマでは、トースターを酷評されたメーカーが編集部を訪れ、改良した製品を報告するシーンがあるが、まさにその積み重ねが、今の私たちの豊かな暮らしを生んでいるのだ。
※女性セブン2016年9月22日号