都内の商社に勤務する松本隆二さん(50)は、昨夏に父が天国へと旅立った日のことを思い出す。
「夜、妙な胸騒ぎがして寝つけずにいると、ふと、がんで入院している75歳の父の顔が浮かんだ。『何だか嫌な予感がするな』と思っていると、翌朝、実家の母から父が亡くなったと連絡が入った」
こうした「虫の知らせ」を経験した人は少なくないだろう。
驚くべき調査報告がある。2012年、NPO法人・プライマリヘルスケア研究所が「家族や親しい人の臨終に居合わせなかった経験がある人」を対象にアンケート調査を実施した。その結果、207人中87人、実に42.0%が「虫の知らせ」があったと回答したのだ。この調査に参加した吐師秀典・代表理事がいう。
「想像以上の数でした。『故人の声がハッキリ聞こえた』など、単なる偶然とは思えない例も多かった」
「虫の知らせ」とは、『大辞泉』によれば〈よくないことが起こりそうであると感じること〉。「よくないこと」の最たるものとして、「身近な人が死ぬ予感」という意味で使われることが多い。
ここでいう「虫」とは、蜘蛛や蝶などの実際に存在する虫ではなく、道教の「三尸(さんし)」を指すという説が有力である。民俗学に詳しい作家の豊嶋泰國氏が解説する。
「三尸とは人間の中に住む3匹の虫のことで、それらが宿主の命に影響を及ぼすと考えられていた。そこから転じて、『虫が好かない』『腹の虫が収まらない』などの言葉とともに自分の意思ではどうしようもないことに『虫』という言葉が使われるようになったといわれています」
滝沢馬琴による江戸時代のベストセラー小説『南総里見八犬伝』には、こんな一節がある。
〈泣くは理(ことわり)母と子の、別れを虫が知らせてか〉
これは、「子供が泣くのは世の中の理だが、いま泣いているのは母子の別れを虫が知らせたからだろうか」という意味。
大昔から「虫」は“悪い予感”を知らせているのだ。
※週刊ポスト2016年9月30日号