【書評】『138億年の音楽史』/浦久俊彦著/講談社現代新書/本体840円+税
【著者】浦久俊彦(うらひさ・としひこ)/1961年生まれ。音楽企画を中心とした文化芸術プロデューサー。高校卒業後、パリで音楽学、歴史社会学、哲学を学び、ヨーロッパで20年以上活動。他の著書に『フランツ・リストはなぜ女たちを失神させたのか』(新潮新書)。
【評者】鈴木洋史(ノンフィクションライター)
「宇宙」に始まり、「神」「政治」「権力」「自然」「人間」など10の切り口で「音楽とは何か」を考察したユニークな論考である。
著者は〈音のある世界はぼくたちが創ったのではなく、音のある世界がぼくたちを創ったのだ〉として、人類が誕生する遥か以前、138億年前にビッグバンによって宇宙が誕生したときの音の話から語り始める。古代東洋思想には「宇宙の調和は音楽である」という考え方があるが、実は最新の素粒子物理学によっても、宇宙は波動であり、音でできていると考えられることが判明している。
これに始まり、本書には興味深い事実の数々が記されている。哲学者、数学者のピュタゴラスは竪琴の奏者でもあり、音の調和の秘密を整数比で解き明かした。初期キリスト教にとっては器楽音楽は汚らわしく、人間の声だけが「神の言葉」を発する唯一の楽器とされた。
人類最古の文学作品『ギルガメシュ叙事詩』にあるように、古代の英雄は武器とともに楽器を手にしていた。デカルトの処女論文は音楽論で、ルソーは作曲家、音楽学者、写譜師でもあった。『源氏物語』全54帖のうち音楽の描写がないのはわずか4帖であり、平安貴族にとっては漢詩、和歌とともに音楽の才能が権力や名声を高めるために不可欠だった……。
そうしたことを知って感じるのは、人間が創った音楽は音楽の一部に過ぎず、音楽はこの世界の森羅万象全てにあらかじめ内在している、ということだ。
本書を執筆するため、著者は古今東西の膨大な文献(そのリストだけでも30ページ以上に及ぶ)を参考にしている。壮大なスケールの音楽史であり、非常に意欲的、挑戦的な作品だ。
※SAPIO2016年10月号