昼間だというのに、病棟は不気味な静けさに包まれていた。聞こえてくるのは、ピーン、ピーンという医療機器が発する電子音と、ナースの足音だけ。フロアに20人ほどいるはずの入院患者たちは、その気配が感じられない──。
点滴への異物混入による連続殺人事件の舞台となった大口病院(横浜市神奈川区)は、JR横浜線・大口駅から歩いて数分のところにある。近くの商店街には個人商店が軒を連ね、下町の雰囲気を色濃く残す地域だ。病院は5階建て。ベージュ色のタイルの壁には雨染みが目立つ。
「昔は産婦人科が専門の2階建ての小さなクリニックでした。院長も温かい人柄で、地元にはここで生まれた人がたくさんいます。1984年に駅の反対側に系列の大口東総合病院ができると、もとからある大口病院はリハビリがメーンの“お年寄りを受け入れてくれる病院”として再開しました。後になって小児科ができると、“混んでなくてすぐ診てもらえるから穴場”と評判でしたよ」(古くからの地元住民)
1階は外来、2、3階が療養病棟(43床)。事件が起きた4階は、「慢性期」と呼ばれる患者が入院する一般病棟(42床)だった。
「末期がんや重度の脳梗塞、老衰など回復の見込みのない患者さんが多く入院する、いわゆる“終末期患者”のためのフロアでした。ベッドから動けず、しゃべれない人がほとんどだから、お見舞いに行ってもシーンとしているんです。近所では『あの病院に入ったらもう終わり』といわれていました」(別の地元住民)
一般の病院では、治療することがなくなった「慢性期」の患者は退院させられるケースが多い。大口病院はそうした患者の受け皿になっていた。父親が大口病院で亡くなった50代男性が言う。
「脳梗塞で倒れ、他の病院で治療を受けていたんですが、“もう手の施しようがない”と言われて病院を出され、大口病院に来ました。ここは長期間入院させてくれるし、看取りまでやってくれるうえ、他の病院に比べて入院費が安いんです」
何か治療を施すというわけではない。点滴で栄養を補給したり、痛みを緩和するケアをしたり。昼間でもナースは6人ぐらい、当直は2人ほどだった。ナースステーションが無人のこともあったという。
声すら出せない終末期の患者たちが、静かに死を待つ病棟――そこに異変が起きたのは今年7月だった。
「それまで亡くなる人は多くても月に10人はいませんでした。それが、7月からのたった3か月弱の間に48人も亡くなったんです。1日に5人が亡くなったこともありました。異常な数です。“呪われてるんじゃないか”なんて声も出ました」(病院関係者)
◆ターゲットは病院全体
事件が発覚したのは9月20日。早朝、4階の大部屋に入院していた八巻信雄さん(享年88)の容体が急変し、ほどなくして死亡。その際、看護師が点滴が泡立っていることに気づき、「患者の点滴に異物が混入された可能性がある」と警察に通報した。司法解剖の結果、八巻さんの死因は中毒死と判明した。
26日には同18日に亡くなっていた西川惣蔵さん(享年88)の死因も中毒死だったことが明らかになった。