昭和の大事業、東京タワーと黒部ダム建設──地図に残る仕事をした「現場監督」たちは、部下を鼓舞する熱き言葉を持っていた。彼らの言葉を紹介しよう。
【黒部ダム現場監督・笹島信義 1917年~】
「土木は一人ではできません。能力のある人たちを集め、多くの力を一つにすることで、何十倍も仕事ができる。それが面白味でもあります」(『土木学会誌 vol.94 no.2』)
映画『黒部の太陽』(1968年)で描かれた通り、黒部ダムの建築現場は171人の死者が出るなど壮絶で、脆弱な土壌を掘り抜くトンネル工事は困難を極めた。現場を仕切った笹島は仲間を鼓舞し続け、7年の歳月を経て日本最大のダムは完成した。
【東京タワー現場監督・竹山正明 1926~2007年】
「この仕事には“命”を懸けなければなりません」(『プロジェクトX挑戦者たち4 男たちの飽くなき闘い』)
高さ333メートル。使用された鉄材は約360トン。わずか1年半の突貫工事を仕切った竹山は東京タワー完成への思いを当時の恋人への手紙に綴っていたが、その中に上の言葉があった。この恋人は、竹山の後の妻となる。
※週刊ポスト2016年10月14・21日号