イギリスのEU離脱決定に続き、11月には米大統領選も控えている。現在の世界情勢の大きな流れは、はたして日本にどのような影響を与えるのだろうか。かつて米証券会社ソロモン・ブラザーズの高収益部門の一員として活躍した赤城盾氏が分析する。
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6月23日のブレグジット(イギリスのEU離脱)の是非を問う国民投票は、直前まで世論調査は大接戦、ブックメーカーや世界の株式市場は概ね残留派の勝利を予想していた。
イギリス経済にとっては、残留した方が明らかに有利と思われた。投資家たちは、賢明なイギリス国民は最後には経済的に正しい判断を下すであろうと期待していた。
しかし、イギリス国民の選択は、経済よりも国家の誇りと独立であった。離脱派の勝利は、EU分裂やユーロ解体の悪夢を想起させ、世界中でパニック的な暴落を引き起こすことになった。
実際は、離脱が実現するまで当分の間は、イギリスはEUの一員に留まる。アメリカに匹敵する規模を誇る巨大なEU圏内の経済活動が直ちに混乱に陥るわけではない。
イギリス国内の経済は、不透明感から投資が萎縮して中期的に停滞する可能性が高い。しかし、先に来たのはポンド安の恩恵で、イギリスの株式市場はいち早く上昇に転じた。
さらに、勝利した離脱派の内紛もあって、新首相は残留派のメイ元内相に決まった。EUの盟主であるドイツのメルケル首相は、「いいとこ取りは許さない」と釘を刺しつつも、離脱の通告を急かして対立を煽ることは避けた。世界の株式市場を襲ったブレグジットの嵐は思いのほかに早く収束し、ヨーロッパの平和は保たれたのであった。
しかし、この平和が見せかけに過ぎないことはいうまでもなかろう。1939年9月にイギリスがドイツに宣戦布告してから、翌年5月に戦火を交えるまで続いた「奇妙な戦争」のような状態かもしれない。
いずれ、新たな貿易協定を巡って、イギリス─EU間の熾烈を極める交渉が始まる。各国の有力政治家から過激な発言が飛び交い、市場を動揺させるさまは想像に難くない。
加えて、EU圏内では、向こう1年ほどの間に、フランス大統領選、ドイツ連邦議会選など重要な政治イベントが目白押しである。そのたびに反EU派の伸張に神経をすり減らさなければならない。
ただ、ブレグジットの一件は、反EU派が選挙に勝っても、一夜にしてEUが破壊されるわけではないことも教えてくれた。金融不安に火がつかない限り、世界の株式市場は、案外冷静に対応するかもしれない。ただし、我らが日本株に関しては、強烈な円高の直撃を覚悟しなければならないが。
◆ユーラシア大陸の東端と西端で軍事大国が既存の国際秩序に反発
そして、11月には、もっと重要なアメリカ大統領選が控えている。
ブレグジットが現実のものとなった時、私自身がそうであったように、多くの人がドナルド・トランプ大統領誕生の恐怖に慄おののいたのではあるまいか。
トランプ候補の躍進とEU離脱派の勝利を支えたのは、いずれも、数十年にわたって経済成長のために切り捨てられてきた白人の低所得層である。人種的なマイノリティをスケープゴートに仕立て、ファナティックなナショナリズムを煽る手法も見事に一致している。
この英米両国の状況は、否応なく、100年ほど前、この手法によって政権を得て、世界を道連れに自国を破滅へと導いた独裁者を思い出させる。ブレグジットが私たちに与えた眩暈のするような衝撃の正体は、おそらく、あの悲惨な戦争の記憶なのだろう。
私は、テレビで離脱決定の瞬間にパブで狂喜して祝杯を上げる人たちを見て、1933年に満州国の成立を認めない国際連盟に脱退を告げて帰国した松岡洋右を喝采で迎えたという我が同胞も、きっとあのようにはしゃいだのであろうと思った。
一方、東アジアにおいては、常設仲裁裁判所の裁定を意に介さず、自らが定めた九段線(中国が南シナ海の領有権を示すために地図上に引いている破線)に固執する中国が、「満蒙は生命線」と叫んで譲らなかった大日本帝国を彷彿とさせる。
ユーラシア大陸の東端と西端で、核兵器を保有する軍事大国が既存の国際秩序に反発する姿勢を取った。そう考えれば、イギリスと中国がこのところ妙に仲がよかったことまでが気にかかるようになる。
そういう時に、頼みの綱のアメリカ軍の最高司令官が、強権的なロシア大統領を公然と称賛し、「同盟国には応分の負担を求める」というトランプ大統領であったとしたら、到底、心安らかではいられない。我が国の株式市場では、安全保障の観点から、エネルギーや食糧の自給がテーマになるのではなかろうか。
仮にヒラリー候補が勝っても、トランプ候補を支持した層をまったく無視するわけにはいくまい。単純労働しかできない彼らに雇用を創出するための最善の方法は、ドル安誘導である。我々はそのことを肝に銘じておくべきであろう。
※マネーポスト2016年秋号