日本人の死因でもっとも多い「がん」。心配や不安が募るあまり、がん患者に対して心ない言葉をかける親もいる。埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍科教授の大西秀樹さんは、「親といういちばん近い存在だからこそ」だと指摘する。
「実親にがんであることを、どこまで、どう伝えるのか、患者は悩みます。離れて暮らす親に心配をかけたくないから、病状が悪くても、何年も親に黙っているという患者も少なくありません。また、聞かされた親がショックのあまり、頻繁に電話をしてきて、毎回電話口で泣いたり、サプリや漢方薬を大量に送ってくるなど、困った行動に出ることもあります。がんであることは親に伝えたほうがいいですが、状況にもよります。私たちも一緒にタイミングを検討することもあります」(大西さん)
実際、親の行動が患者のストレスになったというのは、4年前に乳がんを発症した田中恵美さん(仮名、47才)。彼女は「正直、母の存在が疎ましかった」と吐露する。
「10年前に肺がんで父を亡くしてから、母にとって『がん』はトラウマなんです。末期の肺がんだった父を、母は自宅介護しようとしました。だけど父は痛みや不安から暴言を吐くようになり、結局ホスピス病棟で亡くなったんです。母は“父を見捨ててしまった”という罪悪感でひどく落ち込んで、家にこもるようになってしまって…」(田中さん)
6年前、姉に子供が生まれてからは、「孫のために」と少しずつ元気になってきた母。そんな時、娘ががんだと知ったらどうなってしまうのか…。そう逡巡したものの、親にとって子供から隠しごとをされるのはつらいことだと思い、最終的に伝えることにした。
「実家に行って、母と兄、姉が同席する中で乳がんだと伝えました。母はしばらくぽかーんとしていて、徐々に涙を流し始め、台所で号泣。見ているこちらがつらかったです」(田中さん)
それからすぐに、母の「過剰な心配」が始まる。
「父の時のように、後悔したくないという気持ちがあまりにも強すぎて…たとえば、執刀医が有名な医師でないことを心配して、これまで何件手術した経験があるのか、勝手に病院に電話で問い合わせたり…」(田中さん)
さらに、母はテレビの乳がん特集を欠かさず録画し、新聞の切り抜きや資料を集め、田中さんに送って来るようになった。