誰もが一度はやったことがあるであろう「切符の紛失」。改札口の前で慌ただしくポケットを探る人の姿を見かけることは珍しくないが、高額切符の場合、事態は深刻だ。長距離の乗車券を紛失してしまった場合、駅員の裁量で見逃してはくれないのか? 弁護士の竹下正己氏が回答する。
【相談】
仕事で宮城県石巻市に出向き、新幹線で戻り、都内のある駅で降りようとしたのですが、石巻→東京都区内の乗車券を紛失してしまったのです。駅員に事情を説明したところ、ルールなので乗車料金6480円を支払ってほしいといわれました。こういう場合、駅員の裁量で安い料金にはできないものですか。
【回答】
乗客は鉄道会社の旅客運送契約で鉄道を利用します。契約条件は、小さな切符には書ききれませんが、法令や所定の約款で決まっています。因みに新幹線の切符の裏には「この切符に関するお取扱いは、券面表示事項のほか、JRの『旅客営業規則』等の関係約款及び法令などによります」と印字されています。
定型的取引が大量にされる場合、個別的な取引ごとに契約書の取り交わしは不可能です。といって、一般的な定めである民法などの法令だけで、特殊性がある各種の契約の条件を解釈することも困難です。そこで、大量の利用者と定型的取引をする事業者は、それぞれ約款を定め、統一的な条件の下で契約をしているのです。
鉄道会社が定めている規則では、乗車したのに切符がないと、係員が紛失と認めない場合は、不正乗車として2倍の割増運賃が追加され、都合3倍の運賃支払いを請求します。紛失と判断できるときは、正規の運賃のみを支払い、後で切符が見つかれば返金するという扱いです。
これは鉄道営業法という法律に基づく鉄道運輸規程で「有効ノ乗車券ヲ所持セズシテ乗車シ又ハ乗車券ノ検査ヲ拒ミ若ハ取集ノ際之ヲ渡サザル者ニ対シ鉄道ハ其ノ旅客ガ乗車シタル区間ニ対スル相当運賃及其ノ二倍以内ノ増運賃ヲ請求スルコトヲ得」と定められていることによります。紛失と認められただけでもよかった、ということになります。
切符が運賃支払いの証拠であれば、領収書で証明することで、二重払いを回避できますが、切符は購入者が使うとは限らず、他人でも使用できる有価証券の一種です。あなたが買ったことを証明しても、現に乗車した、あなた以外の人が使っている可能性もあるのです。
今回のような場合、切符紛失がないよう注意するしかありません。
【弁護士プロフィール】
◆竹下正己(たけした・まさみ):1946年、大阪生まれ。東京大学法学部卒業。1971年、弁護士登録。
※週刊ポスト2016年11月25日号