なぜ今、このタイミングで、北方領土という最難関の外交問題が急展開を見せているのか。話題書『総理』(幻冬舎)で権力の内側に肉薄した元TBSワシントン支局長の山口敬之氏が、安倍政権“最深部“の動きを綴る。
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日露外交は、安倍首相の直接的な指揮の元、官邸の総力を投入して突破口を模索している。しかし、解散は総理大臣だけに与えられた伝家の宝刀であり、安倍本人は一度も解散の意思や時期に言及したことはない。
それでもロシア外交と解散総選挙を結びつける観測が絶えないのは、政府・自民党の幹部や安倍に近い人物がこの噂を否定しないどころか、裏付けるような発言を繰り返しているからだ。
8月の人事で幹事長に抜擢された二階俊博は、「常在戦場」を繰り返し、選挙はいつあってもおかしくないという発信をし続けている。
そしてもうひとつ、この秋、永田町の住人の一部は、あるテレビ番組に注目した。NHKが9月14日に放送したクローズアップ現代+である。
この番組では、突破口を開いた経済協力パッケージの内部資料や世耕経済産業大臣のロシア側との会談など独自映像を満載して官邸の取り組みをアピールした。番組内でプレゼンテーションを行ったのは岩田明子記者だ。長く安倍をカバーし、世耕や塩崎恭久厚生労働大臣とも近い。
NHKで最も安倍政権に食い込んでいるといわれている岩田が北方領土交渉の前進を解説する以上、安倍本人と官邸の意思に沿った発信と受け止められたのだ。
北方領土交渉は水面下で相当程度前進していて、年末の首脳会談では驚くような成果が発表されるのではないか。こんな憶測が通常国会冒頭解散という連想を裏付け強化してきた。
しかしこうした「期待値をあげる」発信には、政府内からも疑問符がついている。外務省幹部は、「北方領土交渉と平和条約締結は、何年もかかる長丁場の交渉だ。年末の首脳会談で国民が諸手を挙げて歓喜するような具体的かつ目に見える結論が出るはずがない」と断言する。