領土交渉は領有権の正当性をいくら主張しても進まない。最終的にモノを言うのは「領土をいくらで買うか」という金銭交渉にある。今まさに日ロ間で水面下で進められている北方領土返還交渉も、その例外ではない。外務省幹部が語る。
「北方領土返還というゴールは日露間で一致している。現在の交渉を乱暴に言ってしまえば、“日本はどれだけカネを出せるのか”という押し引きだ。交渉はすでに政治や外交というより、ビジネス交渉の段階に入っている。日本政府はロシアに経済協力という形で資金提供を提案し、ロシア側からはシベリア鉄道の北海道延伸や、サハリンと北海道を繋ぐガスパイプラインの敷設費用など68事業、総額1兆7000億円規模の具体的な“協力要請”が示されている」
まさに北方領土の見返りの「リクエストメニュー」といえる。その中でもロシア側がこだわっている事業が、日露両国に加え、中国・韓国の4か国を繋ぐ電力網構想だ。
ロシア側の関心の強さは、去る9月3日にウラジオストクで開催された国際間投資を活発化するための国際会議「東方経済フォーラム」における、プーチン大統領のスピーチにはっきり現われている。
「ロシア、日本、韓国、中国を結ぶエネルギー網構築に対する各国企業のイニシアチブを支持する。そのパートナーたちにロシアは競争力を持った電力料金を提示し、長期にわたってその金額を固定化する用意がある」
安倍首相や韓国の朴槿恵・大統領らを前にそう述べたことで、「ロシアはこの電力網構想を最大の投資案件と考えている」(経産省中堅)と受け止められた。
この壮大な事業が、日露にとって北方領土交渉の成否を左右する案件であることは間違いない。では、プーチン氏はなぜそのアイデアを領土交渉の条件として提示したのか──。それを解く資料を本誌は入手した。
資料はA4判で15枚。すべて英語で、1枚目には東アジアの地図とともに「Asia Super Grid Concept(アジアスーパーグリッド構想)」と書かれている。
これがプーチン氏の電力網構想の下地となるプロジェクトの名前だ。日付はプーチン演説から約3か月前の6月9日、作成者は「ソフトバンクグループ」とある。
4枚目には同グループの孫正義社長と、ロシア最大の送電会社「ロスセーチー」のブダルギン社長の顔写真が載っている。
この15枚のペーパーにはプーチン演説の「草案」ともいえる内容が具体的に記されている。プーチン氏にアイデアを“授けた”のは、ロシア要人でも政治家でもなく、日本の企業家・孫氏だったのである。