200万部を超える大ベストセラーにも、93歳の著者は謙虚そのものだ。
「売れたのはただの偶然ですよ。僕自身は30年ほど前に原稿を書いてから何もしていません。ただし、“知識よりも思考のほうが大事だ”なんてことは大学で教えないから、学生たちが『この本は面白いぞ』と興味を持ったのかもしれませんね」
矍鑠(かくしゃく)と語るのは、『思考の整理学』(ちくま文庫)の著者でお茶の水女子大学名誉教授の外山滋比古氏。
1983年に出版された同書は今年11月15日現在、111刷、累計211万部を超えた。出版不況のさなか、驚異的な売り上げである。
11月3日のNHK『ニュースウオッチ9』でも、同書は「異例ともいえるロングセラー」と紹介された。放送翌日はアマゾンや紀伊國屋で売り上げトップになり、売れ行きがさらに加速した。
ただし、同書は最初から注目されたわけではない。1983年に出版された新書版の発行部数は2万部ほどで3年後に文庫化されたが、出版全盛の時代にも部数はさほど伸びず、年間1万部ほどの上積みで推移していた。
同書が大きく部数を伸ばしたきっかけは、2007年、岩手県盛岡市にある老舗・さわや書店で、店員の松本大介氏が記したこんなPOPだった。
〈“もっと若い時に読んでいれば…”そう思わずにはいられませんでした。何かを産み出すことに近道はありませんが、最短距離を行く指針となり得る本です〉
宣伝効果は抜群で、同店での売り上げが激増した。同様のPOPを全国展開すると瞬く間にベストセラーになり、2009年に100万部を突破した。その後も快調に売れ続け、今年2月に200万部を超えるダブルミリオンとなった。
根強い人気を支えるのは、「東大生」と「京大生」だ。2008年から2年連続で東大、京大の大学生協で最も売れた本となり、7年経った2015年の文庫ランキングでも東大、京大の両大学で2位をキープし、売れ続けている。
「2008年以降、常に上位で継続的に売れ、昨年は200冊弱販売しました。毎年春に新入生が買う傾向があり、3~4月で150冊売れた年もあります」(京大生協)
なぜ、人気は衰えないのか。同書の担当編集者・ちくま文庫編集長の伊藤大五郎氏が語る。
「30年以上前の本ですが、内容が普遍的で古くならないことがロングセラーの最大の要因です。“知識を詰め込むだけでは、考える力は養われない”という外山先生のメッセージが、知識偏重型の勉強をしてきた東大や京大の学生に伝わっていると感じます」
※週刊ポスト2016年12月2日号