ドナルド・トランプ氏がその座を射止めた米国の大統領は「世界最強の軍隊」の最高司令官であり、事実上、世界の最高権力者といっていい。それでも、「米国の憲法では大統領が、『独裁者』にはなれない仕組みを作っている」(中岡望・東洋英和女学院大学大学院客員教授)のである。
議会と大統領と最高裁判所が厳密な三権分立の制度を取る米国では、大統領に予算提出権も法案提出権もない。必要な法案や予算は「教書」として示し、議会に作ってもらわなければならない。
しかも、米国の議員には法案の採決の際、日本のように所属政党の方針に従わせる「党議拘束」の慣例がない。そのため、共和党の議員がトランプ大統領の成立させたい法案や予算案に反対する事態は十分起こりうる。だからホワイトハウスは、法案ごとに共和党と民主党の議員たちを説得に回る。
大統領による閣僚の任命も上院の同意が必要だ。前出の中岡氏は米国の大統領の権限をこう整理する。
「米国では建国当時から独裁者的な大統領をつくらないことを出発点に国の制度を定めてきた。まず、大統領単独の判断で戦争はできません。あくまで権利は議会にあり、大統領は議会の承認を得て初めて宣戦布告できる。条約の締結も議会の権限。従ってTPP(環太平洋連携協定)を通すには議会の承認がいる。
ただ、トランプ氏が公約したように議会に承認されていないTPPからの脱退は大統領判断でできるでしょう。また、メキシコ国境の壁建設も国家予算を動かすなら議会の承認が必要で、大統領の独断ではできません。建設費を全額メキシコ政府が負担するなら可能かもしれませんが」
トランプ氏が共和党全国委員長のラインス・プリーバス氏を首席補佐官に起用したことにも、大統領といえども強力な権限を持つ議会を敵に回せば国家の運営ができないという判断がある。国内での権力という面では、議院内閣制の下、与党が衆参で圧倒的な数を握って予算も法案も思うように成立させられる現在の安倍晋三・首相の方が強いほどだ。
※週刊ポスト2016年12月2日号