ビジネス

政府・日銀の円安誘導 亡国理論以外の何物でもない

通貨高で倒産した国はない

 アベノミクスで一時(2015年6月)は1ドル=125円台まで円安が進んだが、今は110円前後まで戻し、マスメディアを中心に円高を警戒する声が喧しい。だが、自国通貨の価値が下がるのを歓迎するのはおかしくないか? 投資銀行家のぐっちーさんこと山口正洋氏が解説する。

 * * *
 通貨の価値が下がった国の国民は、悲惨な生活を強いられる。1980年代に私はモスクワに駐在したことがある。その当時の公式為替レートは1ルーブル=400円だった。だが、現実には円を出せば1ルーブル=10円のレートで物を買えた。当時のソ連の人々を見て、まさに国を叩き売っている、自国通貨安はここまで国民を痛めつけるのかと実感させられた。

 今もロシアのルーブルの価値は低い。強大な軍事力、ロケットを打ち上げる科学力、豊富な天然資源と、教科書通りの通貨高の条件では日本よりはるかにいい。だが、世界からロシアは付加価値を生む能力がないと見られていることが、通貨安を招いている。

 だから、円高は日本人として誇りに思うべき事態なのだ。だが、大半の日本人は円安を望んでいるようだ。

 戦後、それまでの「円」は紙くず同然となったが、直後に米国主導のGHQ占領下で最強のドルに裏打ちされた新「円」が発行された。そのため、日本は決定的に円が暴落した経験をしておらず、通貨安に鈍感だということもある。だが、何よりメディアが垂れ流す「円高悪玉説」に踊らされているからだろう。歴史を振り返っても、通貨安で倒産した国はあるが、通貨高で倒産した国はない。

 円が最強の通貨のひとつであることは疑いようがないが、現在、アベノミクスならぬ「アベノリスク」によってそこに影が差し始めている。図に掲げた実質民間最終消費支出の推移を見ていただきたい。戦後、消費支出が大きな下降線を描いた時は2度しかない。その2度とは、リーマン・ショックとアベノミクスだ。

 円安誘導で消費者物価は上がり続けた一方、実質賃金は下がり続けたのだから、消費支出が減るのは当然だ。円安で日本経済が回復するなら結構だが、今後も円安による輸入物価の上昇だけが起きれば、われわれの生活は苦境に陥るだろう。

 戦後、1ドル=360円の時代から価値が3倍になった円が、日本国民にもたらした豊かさは計り知れない。それなのに、政府・日銀が円安に誘導するなど、まさに亡国理論以外の何物でもない。最強の円こそが日本を豊かにするのだ。

【PROFILE】1960年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。大手総合商社や欧米の金融機関を経て、ブティック型投資銀行を開設。「ぐっちーさん」のペンネームで経済金融評論家としても活躍中。『ぐっちーさんの 政府も日銀も知らない経済復活の条件』(朝日新聞出版刊)ほか著書多数。

※SAPIO2016年12月号

関連記事

トピックス

氷川きよしが紅白に出場するのは24回目(産経新聞社)
「胸中の先生と常に一緒なのです」氷川きよしが初めて告白した“幼少期のいじめ体験”と“池田大作氏一周忌への思い”
女性セブン
公益通報されていた世耕弘成・前党参院幹事長(時事通信フォト)
【スクープ】世耕弘成氏、自らが理事長を務める近畿大学で公益通報されていた 教職員組合が「大学を自身の政治活動に利用、私物化している」と告発
週刊ポスト
阪神西宮駅前の演説もすさまじい人だかりだった(11月4日)
「立花さんのYouTubeでテレビのウソがわかった」「メディアは一切信用しない」兵庫県知事選、斎藤元彦氏の応援団に“1か月密着取材” 見えてきた勝利の背景
週刊ポスト
多くのドラマや映画で活躍する俳優の菅田将暉
菅田将暉の七光りやコネではない!「けんと」「新樹」弟2人が快進撃を見せる必然
NEWSポストセブン
田村瑠奈被告(右)と父の修被告
「ハイターで指紋は消せる?」田村瑠奈被告(30)の父が公判で語った「漂白剤の使い道」【ススキノ首切断事件裁判】
週刊ポスト
10月には10年ぶりとなるオリジナルアルバム『Precious Days』をリリースした竹内まりや
《結婚42周年》竹内まりや、夫・山下達郎とのあまりにも深い絆 「結婚は今世で12回目」夫婦の結びつきは“魂レベル”
女性セブン
騒動の発端となっているイギリス人女性(SNSより)
「父親と息子の両方と…」「タダで行為できます」で世界を騒がすイギリス人女性(25)の生い立ち 過激配信をサポートする元夫の存在
NEWSポストセブン
九州場所
九州場所「溜席の着物美人」の次は「浴衣地ワンピース女性」が続々 「四股名の入った服は応援タオル代わりになる」と桟敷で他にも2人が着用していた
NEWSポストセブン
初のフレンチコースの販売を開始した「ガスト」
《ガスト初のフレンチコースを販売》匿名の現役スタッフが明かした現場の混乱「やることは増えたが、時給は変わらず…」「土日の混雑が心配」
NEWSポストセブン
希代の名優として親しまれた西田敏行さん
《故郷・福島に埋葬してほしい》西田敏行さん、体に埋め込んでいた金属だらけだった遺骨 満身創痍でも堅忍して追求し続けた俳優業
女性セブン
歌舞伎俳優の中村芝翫と嫁の三田寛子(右写真/産経新聞社)
《中村芝翫が約900日ぶりに自宅に戻る》三田寛子、“夫の愛人”とのバトルに勝利 芝翫は“未練たらたら”でも松竹の激怒が決定打に
女性セブン
「週刊ポスト」本日発売! 小沢一郎が吠えた「最後の政権交代を実現する」ほか
「週刊ポスト」本日発売! 小沢一郎が吠えた「最後の政権交代を実現する」ほか
NEWSポストセブン