黒潮と親潮ふたつの海流が交差する北方領土。返還が実現すれば日本は新たに豊富な漁場を得ることになるが、かつてカニで栄華を極めた密漁とヤクザの関係はどうなるのか。鈴木智彦氏が現在の密漁事情をレポートする。
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「色丹、歯舞が戻ってきたら、特攻船の時代に舞い戻るだろう」
北海道で地元採用された海上保安庁職員は危機感を隠せない。
「漁師はともかく、暴力団がこの機を見逃すはずがない。密漁団が息を吹き返す。今から対応策を練っていないと後手に回る」
彼自身、20年以上、北海道の密漁団と戦ってきた経験がある。現場を知る者の率直な発言だ。
特攻船とは1980年代に大流行したカニ密漁の手法だ。100億円産業に発展したが、1993年のエリツィン大統領の訪日以降、徹底した取り締まりが行われ壊滅、同時に根室の賑わいも消えた。
密漁マネーを当て込んで、全国から美人ホステスを引き抜いてきた高級クラブは、現在、居酒屋チェーンの店舗となり、町一番の繁華街だった緑町は、週末でも人影がまばらだ。
カニ漁は専用のカニかごや漁船が必要なこともあって、密漁には漁師の手助けが欠かせない。往事のカニ密漁団は漁師と暴力団の混合チームで構成されていた。
「漁師もヤクザも、陸の道徳は二の次で、ものを言うのは腕っ節だ」(かつて特攻船の一団を率いていた元暴力団幹部)
暴力団と堅気の境界線が曖昧だった時代、漁師でありながら組織の幹部という兼業も珍しくなかった。彼らの獲ってくるカニは街全体を潤し、根室ヤクザの羽振りの良さは、道内でも屈指といわれた。
特攻船壊滅後、密漁カニはロシア人漁師から仕入れるのが一般的となった。ロシア人がロシア国内で密漁してきたカニは、ソ連に拿捕され収容所でコネを作ったヤクザたちが窓口となって取引された。
●すずき・ともひこ/1966年、北海道生まれ。『実話時代』編集などを経て、フリージャーナリストに。近著に『鈴木智彦の「激ヤバ地帯」潜入記!』(宝島社)、『ヤクザのカリスマ』(ミリオン出版)ほか著書多数。
※SAPIO2016年7月号