【書評】『大伴昌司エッセンシャル』/紀田順一郎・著/講談社/2000円
【評者】川本三郎
大伴昌司といえば、現在の怪獣ブームを作った「怪獣博士」として知られる。怪獣について語るなど子供向きの遊びと思われていた時代に熱く怪獣を語り、怪獣の名鑑や紳士録を作った。いわばサブカルチャーの先駆者。一九七三年に三十六歳の若さで亡くなった。著者は大伴昌司と慶應義塾高校の時から親交を結んだ。早逝した僚友を語る人としてもっともふさわしい。
大伴昌司は私生活をあまり語らなかったが、著者によれば、父親は戦前、近衛文麿内閣のブレーンをつとめた外交官だったという。昌司は少年時代、父の赴任地メキシコで過している。戦前の帰国子女になる。
そのためか、戦後の学生時代、人と付合うのが苦手で、本の世界に没入した。好奇心の趣くままに、推理小説、怪奇幻想小説を耽読した。いずれも昭和三十年代、低俗と見られていたジャンルである。
そうであるからこそ、大伴昌司は打ち込んだ。先達がいないことが幸いした。現代ふうにいえば「ニッチ(隙間)」の世界を独力で開拓していった。映画も好きで、よく見たが、それも、他の人間があまり見ようとしない教育映画やドキュメンタリー、アニメだったというのも面白い。見逃がされている世界に着目する。わが道を往く。のちの怪獣への興味もこの態度から生まれている。一貫している。
本書には、若い頃の文章が多数、収録されている。批評の対象は、推理小説、映画、SFと多岐にわたる。ショートショートも書いている。さまざまな雑誌にコラムを書いたがなかに「自殺のための毒薬の手引き」という毒薬紹介まである。いい意味で雑学好きだったのだろう。
文章は、当時の同人誌などから復刻されており、活字がタイプ印刷なのが懐しい。どこかガリ版印刷も思わせる。書評で三島由紀夫の『殉死』を誉めたり、フォークナーを論じたりする意外な一面もある。正統派の文学もきちんと読んでいる。
筆一本で生きた。自分の好きな世界を持ち、たとえそこが陽の当たらない場所であっても打ち込む。著者がいうように、好きなことを自由にやって生きた「幸福な人間」だろう。
文■川本三郎
※SAPIO2016年12月号