1980年代、北方領土近くの海では、漁師と暴力団の混合チームによる特攻船でのカニ密漁が横行し、一時は100億円産業に発展した。ところが1993年のエリツィン大統領訪日以降、徹底した取り締まりが行われ壊滅。以後、密漁カニはソ連に拿捕され収容所でコネを作ったヤクザたちが窓口となり、ロシア人漁師から仕入れるのが一般的となった。12月の日ロ首脳会談により、北方領土返還が現実になるともいわれる現在の密漁事情を、ジャーナリストの鈴木智彦氏がレポートする。
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現在、暴力団がらみの密漁は、完全にナマコにシフトしている。北海道のナマコは、乾燥させると中華圏に高値で売れるし、潜水具を使った密漁は、漁師が獲ってくるそれより傷が少ないため買い手も喜ぶ。自身は働かず、密漁団が獲ってきたナマコが問屋に売却される際、一律で売り上げの10%が懐に入る。
カニ漁のように自らが海に出て危険な漁をする必要もない。もはや北方領土でのカニ密漁は漁師が小遣い稼ぎに行う程度で、悪事のプロにはうま味がない。
実際、2島返還が実現しても、暴力団が再びカニ密漁に手を出すとは思えない。社会がもはや兼業暴力団という曖昧な存在を許さないからだ。暴力団は斜陽産業であり、地方組織に往事の勢いはなく、若い組員も集まらない。手間や元手のかかる悪事に再進出する余裕がないのが実情だ。すでにヤクザの視線の先に北方領土はなかった。
密漁の往事を知る暴力団幹部や、足を洗った関係者に聞いてみた。
「あの海域にカニがどっさりいるのは事実だ。サケ・マスが規制でダメなこともあって、漁師たちは喜ぶだろう。ヤクザはもう無理だね。ちょっとでも法に触れれば警察が黙ってない。海保の連中は自分たちの仕事に値打ちを付けたくて深刻ぶりたいのさ」(地元暴力団幹部)
北海道で地元採用された海上保安庁職員が、暴力団による密漁団の復活に危機感を隠さないのとは対照的に天敵同士の言い分は食い違っているが、共通する部分もある。
「(返還は)いままで何度も土壇場ではしごを外されてきた。カニ云々は返還が実現したあとで考えればいいさ」(同)
カニ密漁に関わる当事者たちの心境は、北の海のように冷めている。
●1966年、北海道生まれ。『実話時代』編集などを経て、フリージャーナリストに。近著に『鈴木智彦の「激ヤバ地帯」潜入記!』(宝島社)、『ヤクザのカリスマ』(ミリオン出版)ほか著書多数。
※SAPIO2016年12月号