【書評】『籠の鸚鵡』(かごのおうむ)/辻原登・著/新潮社/1600円+税
【評者】鴻巣友季子(翻訳家)
絶品のクライムノベルだ。舞台はバブル前夜、一九八四年ごろの和歌山。現実にあった巨額公金横領事件をモデルにし、その背景となる山口組・一和会の仁義なき戦いを徹底取材した迫真の社会派小説だが、「昭和ノワール」ともいうべき長閑さととぼけたユーモアが漂う。名画、吉本隆明の詩、テレサ・テンなどの歌謡曲が彩を添える。
タイトルはなにを意味するか? 「籠の鳥」といえば、「囚われの身」、古くは遊女や囲い者を指した。欧米の文学美術では、娼館のマダムと鸚鵡はよくセットで描かれ、「色宿鸚鵡のジョーク」というジャンルもあるほどだ。本作では、高峰三枝子の「南の花嫁さん」からの引用である。
ヒロイン「増本カヨ子」は暴力団春駒組若頭「峯尾」の情婦で、バー「Bergman」のママ。バスガイド、受付嬢、ホステスなどを経て、不動産業者「紙谷」と結婚するが、この男が過去の詐欺をネタに峯尾に強請られ、離婚して妻のカヨ子を差しだすはめになった。
カヨ子は常に男のいうなりだ。無意識のうちに「あなた色」に染まる。松下電器の上司と不倫すれば、「きみ、商品抱いて寝たことあるか?」と寝言でいい、峯尾の女になると、「ヤクザが他の組に安めを売っていては…」等の隠語が飛びだす。
男の口癖を意味も理解しないまま口真似しているのだ。まさに鸚鵡。表題はカヨ子のことでもあるだろう。大層いじらしく見えるが、実は途轍もなく怖い女。男に深く同化して奉仕し、思い通りにバインドし操る稀代の「天然人たらし」なのである。
カヨ子を中心に、算盤勘定に走る紙谷、組の抗争に深入りする峯尾、たらしこまれて破滅していく町役場の「梶」と、三人の男の思惑が渦巻き、ここに、敵対する暴力団の司令塔や構成員らの複雑な派閥争いと瀬踏みが絡む。
ちなみに、カヨ子の誘惑のお手紙はとても引用できない卑猥さで、文学史上に残る傑作。鸚鵡は籠を出ていくのか? 籠の鸚鵡がカヨ子だけを指しているのではないと、読後気づくだろう。
※週刊ポスト2016年12月2日号