「すごく強いところと弱いところがある。コンピュータと打っている感じはしませんでしたね。なんか人間と打っているような感じがして。人間味のある人工知能ですね。Zenが人間みたいなポカをやった気がします。ちょっと人間くささが出過ぎたような気がします」
11月23日、和製囲碁ソフト「DeepZenGo」(以降「Zen」)が趙治勲名誉名人(60)に挑戦。趙名誉名人が2勝1敗で勝利した。そのときの感想が冒頭の言葉だった。
今年3月。グーグル社が開発した人工知能AIソフト「アルファ碁」に、元世界チャンピオンの李世ドル九段が1勝4敗で破れ、全世界に衝撃を与えたのをご記憶だろうか。
その直後、打倒アルファ碁を目指し、Zenの開発プロジェクトがスタート(代表・加藤英樹氏)した。ドワンゴがハードウエアや開発スペースを提供、天才プログラマーといわれる尾島陽児氏、AIを専門に研究する東京大学・松尾研究室らが協力する体制で開発を進めてきた。
8か月が経ち、Zenがプロ棋士と対等に戦えるほど飛躍的に強くなったと判断され、趙名誉名人との三番勝負が11月19日、20日、23日の3日間にわたって打たれた。
多くのトップ棋士がいる中で、なぜ趙治勲名誉名人に白羽の矢が立ったのか──。
ドワンゴの川上量生会長は「現役でもトップレベルの実力を持っていること、コンピュータとの対戦に意欲があり、世界的にも通用する知名度のある方ということで趙治勲名誉名人にお願いした」という。
記者会見が終わり、降壇しながら趙名誉名人は、数人の記者を相手にこう笑いをとった。
「アルファ碁は最初から世界トップ棋士と対局したのだけれど、Zenはまず“腐った鯛”の僕でしょ。僕が負けたらぴちぴちの若手有望棋士、それでもだめなら井山裕太六冠という感じだったのでは。でも腐った鯛の僕には毒があったということかな」
趙名誉名人の軽快でウイットに富む話術はファンの間では有名だ。週刊碁(日本棋院発行)では「お悩み天国 治勲の人生相談室」の連載を持ち、ユニークで温かく、ときには鋭い風刺を交えた回答は人気を博している。
2年前には「マツコ&有吉の怒り新党」の「新・三大○○」のコーナーで、「趙治勲 しゃべらずにはいられない囲碁」として紹介された。もしゃもしゃヘアで、「アホちゃいまんねん、パーでんねん」「やっちまったな。八街(やちまた)市か」などとぼやく対局中の姿。また、兄弟子の追悼番組で碁の解説に立ったのに、兄弟子とのゴルフ話に終始する姿は、囲碁を知らない人たちにも衝撃を与えた。
趙名誉名人の対局中のぼやきをメモしていたら(相手もよくぼやく棋士だったこともあるが)、ノート1冊が終わってしまった経験が記者もある。「私のかわいい人形は……」などとお経のような節でつぶやくように歌い出したことも印象深く残っている。