【書評】『〈ふつう〉から遠くはなれて 「生きにくさ」に悩むすべての人へ 中島義道語録』/中島義道・著/青春出版社/1300円+税
【評者】香山リカ(精神科医)
異端の哲学者・中島義道氏。カント研究の第一人者だが、一般向けの著作も多い。そのタイトルがすごい。タイトルの一部を切り取って列挙してみよう。『働くことがイヤな人のための本』『どうせ死んでしまう……』『生きることも死ぬこともイヤな人のための本』『人生に生きる価値はない』。徹底的に後ろ向きなのだ。
私は最近、中島氏の文庫『過酷なるニーチェ』の解説を依頼されて書いたのだが、「ニーチェほど『人間賛歌』から遠い哲学者もいないであろう」という著者の言葉とタイトル通りの究極のニヒリズムを追求した内容に、「もうやめて」と泣きそうになってしまった。
その中島ネガティブ哲学本からよりすぐりのフレーズを集めて作られたのが、本書である。当然といえば当然なのだが、「生きることは苦しいに決まっている」「大部分の者が仕事に報われない」「きみは、自分の汚さに耐えられない」など、救いのない言葉が並ぶ。そういう意味では万人向きの書とは言えない。間違っても親戚の結婚祝いに本書を贈ってはいけない。
しかし、思わず目を背けそうになるのに耐えながらそれらのフレーズを読み進めて行くうちに、なんだかじんわり気持ちがほぐれて行く。著者も言うように、ここに並ぶのは“きれいごと”ではない。ただこれは、著者が哲学的探求と自分の人生から得られた、ウソのない真実の言葉であることはたしかだ。
そして、何よりそんな花も実もない人生を、著者が一生懸命に真面目に生きている姿が行間から伝わってくる。「人生に意味はない」と言いながらも著者は決して享楽的になったり自暴自棄になったりせずに、なんとか少しでも日々を豊かなものにしようと生き、哲学しているのである。
むずかしい哲学的用語も出てこない本書は、中島哲学入門書としても最適だ。とくに本書は人生の下り坂に差しかかった50代、60代におすすめしたい。「オレはすごい」というプライドは打ち砕かれるかもしれないが、得るものは必ずある(はずだ)。
※週刊ポスト2016年12月9日号