米国に挑戦状を叩きつけ、中国への接近を仄めかしたかと思えば、周囲が火消しに奔走。国内では麻薬撲滅を強行し、国民から喝采を受ける。フィリピンの盟主がここまで注目を浴びたことはあっただろうか。ノンフィクションライターの水谷竹秀氏が、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領(71)、その原点の地を歩く。
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ドゥテルテ大統領と30年近く親交があり、10月下旬の訪日時も随行した側近の一人、中華系フィリピン人男性(60代)は、興奮気味に当時をこう振り返った。
「私の目の前で人が殺害されるのを3回見たことがある。そのうちの1回は車の運転中で、前を走る車が何者かに銃撃されたんだ。ハンドルを握る手が震えたよ」
マルコス独裁政権下の1970年代半ば以降、ダバオ市内は共産党の軍事部門、新人民軍(NPA)と国軍の交戦現場と化した。これに加え、犯罪組織による身代金誘拐事件も毎日のように発生したという。
「特に誘拐事件は犯罪組織と銀行員が結託し、口座に大金がある中華系フィリピン人が標的にされた。私も持っている口座はすべて偽名を使っていたよ」
市長に就任したドゥテルテ氏はこの混乱状態を一掃しようと、警察による特殊部隊を編成し、犯罪組織の撲滅に取り組んだ。側近の男性はこう言い切る。
「ドゥテルテ市長の手腕でダバオの治安は劇的に改善した。これが市民から絶対的信頼を得ている理由だ。現在、進めている麻薬撲滅戦争も、一部では批判が挙がっているが、ダバオの当時を知らない彼らに大統領のやり方は理解できない」
麻薬撲滅戦争によりこれまでに殺害された密売人・中毒者は4千人超とされている。国際社会や国内の人権団体からは非難の集中砲火を浴びているが、一般市民から同じような声はあまり聞こえない。それは麻薬の蔓延だけでなく、政治家の汚職など歴代政権下におけるこの国の腐敗体質を身に沁みて感じているからだ。
政権発足から半年。まだ時間はかかるかもしれないが、国民たちはこの国に変革が訪れると信じている。
そして米国の威信が名実ともに失われた現在、ドゥテルテ氏はアジアの安全保障を左右するキーパーソンなのは間違いない。南シナ海の領有権問題がその典型だ。今後も暴言を吐き、発言が二転三転するかもしれない。それでも彼は国内で絶大な支持を集め続けるだろう。その実情を理解した上で、日本は慎重な外交を心掛けるべきだ。
※SAPIO2017年1月号