巨人V9を打撃コーチと支え、王貞治氏の「一本足打法」生みの親として知られる荒川博氏が12月4日、この世を去った(享年86)。荒川氏はかつて、2014年に週刊ポスト連載『巨人V9の真実』の取材に対し、王氏とともに一本足打法を生み出した日々を語っていた。
「一本足打法は、ステップする時に手の位置が下がるという王の打撃フォームの欠点を直すためのものでした。足を上げた姿勢で微動だにしないような型にするのが大変だった」
そう振り返った荒川氏のもとに、黒江透修氏らも足繁く通うようになった。伝説化しているのが、天井からぶら下げた紙の短冊を刀で斬る「真剣の素振り」だ。パンツ姿で無心に日本刀を振り込む王氏の姿には、鬼気迫るものがあった。
「ホームランを打つにはダウンスイングが必要です。日本刀は振れば分かるが、上から下に刀を動かさないと力が伝わらなくて斬れない。バットも同じです。だから王には真剣を振らせた」
荒川氏はそんなふうに“解説”していた。1970年に巨人を退団後も、王氏がスランプに陥れば助けに駆けつける──そんな秘話も語っていた。
「最大のスランプは、世界記録の756号を目前にした1977年のシーズン前半だった。37歳の王に限界説も出ていたので、ラジオの番組で『僕なら(スイングを)直せる』と公言しちゃった。そうしたらリスナーからバンバン電話がかかってきて、王の家に押しかけて1週間、夜中の2時までパンツ一枚でバットを振らせることになった。
そうしたら本当に直って、9月3日には大記録を達成します。あの1週間がなかったら、王はその年に引退していたかもしれません。30本が打てないなら辞めよう、というプライドを持った男だからね」
巨人のV9打線を支え、世界のホームラン王を育てた「荒川道場」の主は、常に“教え子”に恵まれたことを感謝する人でもあった。本誌が取材に訪れると、
「ものすごい弟子を得たというのが、僕の名誉だね。そういう弟子がいるから、今でも弟子の七光りで、取材を受けているんだ」
と笑っていた。改めて冥福をお祈りしたい。
※週刊ポスト2016年12月23日号