【書評】『黒い巨塔 最高裁判所』/瀬木比呂志・著/講談社/1600円+税
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
裁判官には、憲法による身分保障がある。判断の独立性を保つためだが、裁判所という官僚機構に身を置く以上、それは絶対的なものではない。“裁判官の独立”という大いなるフィクションの実態を、元裁判官が暴いた。
「誰も侵すことのできない日本の奥の院」では、最高裁長官の意向に逆らった裁判官への「意趣返し」が、日々、話し合われる。適材適所の異動というタテマエのもと、「あいつはやめさせる。少なくとも今後、関東には戻さん、絶対にな」と、長官が檄を飛ばす。
小説でしか描けなかった最高裁の内幕は、圧倒的なリアリティに溢れ、裁判官をコントロールする司法行政のテクニックまでが明かされていく――。原発の運転差し止めを認めた裁判官は、「露骨な見せしめ」として「家裁に飛ばされ」、国を相手にした訴訟で住民側を勝たせた裁判官は、ラインから外される。
このような“報復人事”は、現実世界のそれとぴったり一致する。だからこそ、一度ならず二度までも、「架空の事柄を描いた純然たるフィクション」との断りを挿入する必要があったのだろう。
司法試験に合格してなお、司法研修所での成績も上位でなければ裁判官にはなれない。自他ともに認める法曹界のエリートに期待されていることは、「国民の代表者として、行政等の権力から離れた中立的、客観的、冷静な視点から、厳正な判断を行う」ことだ。
しかし「自己承認欲求」の強い“ヒラメ裁判官”たちは、「冤罪判決などいくらかあっても別にどうということはなく、それよりも、全体としての秩序維持、社会防衛のほうがはるかに重要である」と嘯き、「統治の根幹、基盤にふれるような判断」は避けることを旨とする。
そんな風潮に敢然と反旗を翻す、主人公である若き裁判官の、友情と葛藤もまた、読みどころだ。著者は、元エリート裁判官として裁判実務だけでなく、最高裁で司法行政にも携わっていた。「実録小説」以上の“小説”が生まれた秘密がそこにある。
※週刊ポスト2016年12月23日号