10月22日、上海に慰安婦像が設置された。中韓の芸術家らが寄贈したものだ。同日、「中国“慰安婦”歴史博物館」も開館した。慰安婦問題を終わらせない“中韓共闘”の現場をジャーナリストの西谷格氏が訪れた。上海師範大学のキャンパスの芝生の上にチマチョゴリを来たおかっぱアタマの少女と漢服に身を包んだ少女が二人、姉妹のように並んで椅子に腰掛け、険しい表情でまっすぐ前を見つめていた。そのすぐ近くの建物2階に博物館はあり、無数の元慰安婦とされる人々の顔写真が散りばめられ、遺品が展示されていた。
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物品の展示は、当時のものは「突撃一番」と書かれたコンドームの袋や日本酒の酒ビン、黒く変色した固形の消毒薬などがいくつかあるだけで、大半は元慰安婦とされる人たちが晩年使っていた日用品ばかり。古びたサンダルやヘアブラシ、入れ歯、カレンダー、パスポート、身分証、裁判書類などだ。プラスチック製のヘアブラシや掛け時計などがガラスケースに仰々しく展示してあるのは、ちょっと拍子抜けする。彼女たちがこの世に生きた証しではあるものの、「日本政府に強制されて慰安婦になった」と裏付けるものではない。
展示全体を通して「慰安婦や慰安所が存在した」という証言や写真はふんだんにあるものの、争点となっている「強制性」についての説得力は弱い。ないといってもいいくらいだ。
モヤモヤした気持ちのまま進んでいくと、多くの来場者が立ち止まって熱心に読んでいるパネルがあった。中国人の“証言”をもとにしたむごたらしい暴力描写のコーナーだ。
「日本兵は銃剣を突きつけて、有無を言わさず私たちを慰安所に連れ込んだのです」
「日本人は私の頭をつかんで壁に死ぬほどぶつけて、鮮血が流れた。腹のなかの子供も流産した」
「これもすべて日本鬼子のせいだ! あいつらははした金で私たちの口を塞ごうとしている。そんな金は欲しくない」
「日本軍が村を攻略すると、彼女は身を隠すことができず、捕獲された。日本軍は昼間は彼女を木に吊り上げて殴打し、夜は洞窟に閉じ込めて野蛮な輪姦を行った」
「突然日本兵がやってきて、みんなあちこちに身を隠しました。私も室内に隠れたのですが、日本兵に捕まってしまいました」
「法廷では、昭和天皇と日本政府の有罪を求めたい!」
アフリカの奴隷狩りのようなことが行われていたというのである。証言を羅列しただけで、物的証拠は提示されていない。その次には、案の定というべきか、今度は日本政府がろくに謝罪をしていないという説明パネルが続く。
「日本軍によって強制されていたという”慰安婦”の歴史的事実を、安倍晋三首相は公式に否定した」
「日本政府は“慰安婦”問題に対する立場や態度が常に曖昧で、今なお罪を十分に認めていない」
展示の最終部「調査、現状と関心及び愛」では、中国の研究者たちが元慰安婦たちに物心両面で援助の手を差し伸べている旨が記されていた。我々は正義の味方です、と言わんばかりだ。
※SAPIO2017年1月号