ライフ

【書評】次々と鉄道が消えゆく北海道で生まれた物語『氷の轍』

 年末年始はじっくりと本を読む良いチャンスだが、本読みの達人が選ぶ書は何か。評論家の川本三郎氏は、地方の衰退を読み解く書として『氷の轍』(桜木紫乃・著/小学館/1600円+税)を推す。川本氏が同書を解説する。

 * * *
 景気の悪い話になってしまうのをお許しいただきたい。鉄道好きにとって2016年の悲しいニュースのひとつは、北海道の留萌本線の廃止だった。終着駅の増毛駅は高倉健主演の『駅 STATION』の舞台になったことで知られる。その鉄道が廃線になってしまった。

 JR北海道はついに経営困難を公表した。2017年はやはり高倉健主演の『鉄道員(ぽっぽや)』の舞台となった幾寅駅(根室本線)もなくなるかもしれない。かつて鉄道王国といわれた北海道から次々に鉄道が消えてゆく。地方の衰退の象徴なのだろう。

 にもかかわらず、いや、だからこそというべきか、その困難な現実、厳しい風土のなかから力強い小説が生まれている。桜木紫乃の『氷の轍』はそのひとつ。釧路の海岸で男性の死体が発見される。若い女性刑事がベテラン刑事と共に事件を追う。

 被害者は札幌に住む八十歳の元タクシーの運転手と分かる。アパートで一人暮しをしていた。独居高齢者というのが現代をよくあらわしている。現在、一人暮しの老人は六百万人を超える。ミステリはつねに時代を反映する。

 二人の刑事は事件を追って釧路から青森、八戸へと被害者が住んだ町を辿る。二人が見る町はかつての活気がない。そこに社会の底辺に生きてきた人間たちの悲しみが潜んでいる。東京のような大都市に住んでいると見えない日本の貧しい暮しが浮かびあがってくる。暗い過去のなかに事件の鍵がある。

 桜木紫乃は釧路の出身。いまも北海道に住む。次第にさびれてゆく町の風景を見つめている。そこから引き締まった文体で、悲しい物語を作り出している。釧路駅の駅裏に残る廃墟のようになった飲食街、独居老人が住む札幌の「カンカンアパート」、八戸の場末に建つうらぶれたストリップ小屋。こうした痛めつけられた風景をきちんと見すえるところから新しい言葉が生まれてくる。

※週刊ポスト2017年1月1・6日号

関連記事

トピックス

俳優の竹内涼真(左)の妹でタレントのたけうちほのか(右、どちらもHPより)
《竹内涼真の妹》たけうちほのか、バツイチ人気芸人との交際で激減していた「バラエティー出演」“彼氏トークNG”になった切実な理由
NEWSポストセブン
ご公務と日本赤十字社での仕事を両立されている愛子さま(2024年10月、東京・港区。撮影/JMPA)
愛子さまの新側近は外務省から出向した「国連とのパイプ役」 国連が皇室典範改正を勧告したタイミングで起用、不安解消のサポート役への期待
女性セブン
11月14日に弁護士を通じて勝田州彦・容疑者の最新の肉声を入手した
《公文教室の前で女児を物色した》岡山・兵庫連続女児刺殺犯「勝田州彦」が犯行当日の手口を詳細に告白【“獄中肉声”を独占入手】
週刊ポスト
チョン・ヘイン(左)と坂口健太郎(右)(写真/Getty Images)
【韓国スターの招聘に失敗】チョン・ヘインがTBS大作ドラマへの出演を辞退、企画自体が暗礁に乗り上げる危機 W主演内定の坂口健太郎も困惑
女性セブン
昭和の男たちを熱狂させ、虜にした菅原文太さん
【菅原文太さん・没後10年】評伝著者の松田美智子氏が振り返る、文太の「飢え」が『仁義なき戦い』で弾けた時代
週刊ポスト
第2次石破内閣でデジタル兼内閣府政務官に就任した岸信千世政務官(時事通信フォト)
《入籍して激怒された》最強の世襲議員・岸信千世氏が「年上のバリキャリ美人妻」と極秘婚で地元後援会が「報告ない」と絶句
NEWSポストセブン
「●」について語った渡邊渚アナ
【大好評エッセイ連載第2回】元フジテレビ渡邊渚アナが明かす「恋も宇宙も一緒だな~と思ったりした出来事」
NEWSポストセブン
三笠宮妃百合子さま(時事通信フォト)
百合子さま逝去で“三笠宮家当主”をめぐる議論再燃か 喪主を務める彬子さまと母・信子さまと間には深い溝
女性セブン
氷川きよしが紅白に出場するのは24回目(産経新聞社)
「胸中の先生と常に一緒なのです」氷川きよしが初めて告白した“幼少期のいじめ体験”と“池田大作氏一周忌への思い”
女性セブン
多くのドラマや映画で活躍する俳優の菅田将暉
菅田将暉の七光りやコネではない!「けんと」「新樹」弟2人が快進撃を見せる必然
NEWSポストセブン
阪神西宮駅前の演説もすさまじい人だかりだった(11月4日)
「立花さんのYouTubeでテレビのウソがわかった」「メディアは一切信用しない」兵庫県知事選、斎藤元彦氏の応援団に“1か月密着取材” 見えてきた勝利の背景
週刊ポスト
騒動の発端となっているイギリス人女性(SNSより)
「父親と息子の両方と…」「タダで行為できます」で世界を騒がすイギリス人女性(25)の生い立ち 過激配信をサポートする元夫の存在
NEWSポストセブン