年末年始はじっくりと本を読む良いチャンスだが、本読みの達人が選ぶ書は何か。精神科医の香山リカ氏は、国家の影を読み解く書として『植民人喰い条約 ひょうすべの国』(笙野頼子・著/河出書房新社/2000円+税)を推す。香山氏が同書を解説する。
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作家・佐藤優氏のデビュー作は『国家の罠』だが、2017年はあらゆる場所にいま以上に「国家の影」がチラつく年になるだろう。
たとえば、沖縄・高江で機動隊員がヘリパッド建設に抗議する住民を「土人」と呼んだ。どう考えても明らかな差別発言だ。ところが、沖縄・北方担当大臣は国会で「差別であるとは断定できない」と述べた。差別かどうかは国家が決める、ということだ。
差別問題だけではない。冒頭の佐藤氏とジェンダー問題の著作で知られる北原みのり氏との対談集『性と国家』はそのタイトル通り、最もプライベートな領域である「性」にも「国家の影」が忍び寄っているというのがテーマだ。
佐藤氏は、「国の性管理においては、圧倒的にジェンダー非対称で、女性がその対象になって搾取と暴力と差別の対象になっている」と言い、北原氏はそこでの免罪符として使われるのが「女性の自己決定」という概念だと鋭く指摘する。
さらに強烈なのが本書。人喰い条約TPPが批准され、「NPOひょうげんがすべて(ひょうすべ)」が権力の座につく国“にっほん”。差別、格差、原発、戦争もオーケー、カネがなければ病人はたちまち死亡か安楽死、「表現の自由」は権力側だけに許されており、「そこに報道はない、言論もない、芸術も真実も告発も表には出られない」。まさに地獄の近未来が、ひとりの女性の生涯を軸に疾走感あふれる文体で描かれる。
「恐ろしい、でもTPPはトランプ就任で反故になりそうだからよかった」と安堵するのもつかの間、ふと思う。「いや、もうこの国はこうなっちゃってるんじゃないの?」。笙野氏もあとがきでたとえTPPが不成立でも、「どうせひょうすべはまたやって来るよ。皆さんご注意を」と記している。
では、どうすればよいのか。佐藤氏と北原氏は濃密な対話の最後に「もし自分なら」と想像できなくなるのが怖い、と述べる。笙野氏が世に送った黙示録的小説を、自分のこととして読めるか。そこにしか希望は残されていない。
※週刊ポスト2017年1月1・6日号