ライフ

香山リカ氏解説、権力側にだけ表現の自由許される近未来描く書

精神科医の香山リカ氏

 年末年始はじっくりと本を読む良いチャンスだが、本読みの達人が選ぶ書は何か。精神科医の香山リカ氏は、国家の影を読み解く書として『植民人喰い条約 ひょうすべの国』(笙野頼子・著/河出書房新社/2000円+税)を推す。香山氏が同書を解説する。

 * * *
 作家・佐藤優氏のデビュー作は『国家の罠』だが、2017年はあらゆる場所にいま以上に「国家の影」がチラつく年になるだろう。

 たとえば、沖縄・高江で機動隊員がヘリパッド建設に抗議する住民を「土人」と呼んだ。どう考えても明らかな差別発言だ。ところが、沖縄・北方担当大臣は国会で「差別であるとは断定できない」と述べた。差別かどうかは国家が決める、ということだ。

 差別問題だけではない。冒頭の佐藤氏とジェンダー問題の著作で知られる北原みのり氏との対談集『性と国家』はそのタイトル通り、最もプライベートな領域である「性」にも「国家の影」が忍び寄っているというのがテーマだ。

 佐藤氏は、「国の性管理においては、圧倒的にジェンダー非対称で、女性がその対象になって搾取と暴力と差別の対象になっている」と言い、北原氏はそこでの免罪符として使われるのが「女性の自己決定」という概念だと鋭く指摘する。

 さらに強烈なのが本書。人喰い条約TPPが批准され、「NPOひょうげんがすべて(ひょうすべ)」が権力の座につく国“にっほん”。差別、格差、原発、戦争もオーケー、カネがなければ病人はたちまち死亡か安楽死、「表現の自由」は権力側だけに許されており、「そこに報道はない、言論もない、芸術も真実も告発も表には出られない」。まさに地獄の近未来が、ひとりの女性の生涯を軸に疾走感あふれる文体で描かれる。

「恐ろしい、でもTPPはトランプ就任で反故になりそうだからよかった」と安堵するのもつかの間、ふと思う。「いや、もうこの国はこうなっちゃってるんじゃないの?」。笙野氏もあとがきでたとえTPPが不成立でも、「どうせひょうすべはまたやって来るよ。皆さんご注意を」と記している。

 では、どうすればよいのか。佐藤氏と北原氏は濃密な対話の最後に「もし自分なら」と想像できなくなるのが怖い、と述べる。笙野氏が世に送った黙示録的小説を、自分のこととして読めるか。そこにしか希望は残されていない。

※週刊ポスト2017年1月1・6日号

関連記事

トピックス

紅白初出場のNumber_i
Number_iが紅白出場「去年は見る側だったので」記者会見で見せた笑顔 “経験者”として現場を盛り上げる
女性セブン
ストリップ界において老舗
【天満ストリップ摘発】「踊り子のことを大事にしてくれた」劇場で踊っていたストリッパーが語る評判 常連客は「大阪万博前のイジメじゃないか」
NEWSポストセブン
大村崑氏
九州場所を連日観戦の93歳・大村崑さん「溜席のSNS注目度」「女性客の多さ」に驚きを告白 盛り上がる館内の“若貴ブーム”の頃との違いを分析
NEWSポストセブン
弔問を終え、三笠宮邸をあとにされる美智子さま(2024年11月)
《上皇さまと約束の地へ》美智子さま、寝たきり危機から奇跡の再起 胸中にあるのは38年前に成し遂げられなかった「韓国訪問」へのお気持ちか
女性セブン
佐々木朗希のメジャー挑戦を球界OBはどう見るか(時事通信フォト)
《これでいいのか?》佐々木朗希のメジャー挑戦「モヤモヤが残る」「いないほうがチームにプラス」「腰掛けの見本」…球界OBたちの手厳しい本音
週刊ポスト
野外で下着や胸を露出させる動画を投稿している女性(Xより)
《おっpいを出しちゃう女子大生現る》女性インフルエンサーの相次ぐ下着などの露出投稿、意外と難しい“公然わいせつ”の落とし穴
NEWSポストセブン
田村瑠奈被告。父・修被告が洗面所で目の当たりにしたものとは
《東リベを何度も見て大泣き》田村瑠奈被告が「一番好きだったアニメキャラ」を父・田村修被告がいきなり説明、その意図は【ススキノ事件公判】
NEWSポストセブン
結婚を発表した高畑充希 と岡田将生
岡田将生&高畑充希の“猛烈スピード婚”の裏側 松坂桃李&戸田恵梨香を見て結婚願望が強くなった岡田「相手は仕事を理解してくれる同業者がいい」
女性セブン
電撃退団が大きな話題を呼んだ畠山氏。再びSNSで大きな話題に(時事通信社)
《大量の本人グッズをメルカリ出品疑惑》ヤクルト電撃退団の畠山和洋氏に「真相」を直撃「出てますよね、僕じゃないです」なかには中村悠平や内川聖一のサイン入りバットも…
NEWSポストセブン
注目集まる愛子さま着用のブローチ(時事通信フォト)
《愛子さま着用のブローチが完売》ミキモトのジュエリーに宿る「上皇后さまから受け継いだ伝統」
週刊ポスト
連日大盛況の九州場所。土俵周りで花を添える観客にも注目が(写真・JMPA)
九州場所「溜席の着物美人」とともに15日間皆勤の「ワンピース女性」 本人が明かす力士の浴衣地で洋服をつくる理由「同じものは一場所で二度着ることはない」
NEWSポストセブン
イギリス人女性はめげずにキャンペーンを続けている(SNSより)
《100人以上の大学生と寝た》「タダで行為できます」過激投稿のイギリス人女性(25)、今度はフィジーに入国するも強制送還へ 同国・副首相が声明を出す事態に発展
NEWSポストセブン