2016年の日本景気は先行き不透明な状況が続いていたが、ここに来てようやく景気回復に向けた明るい兆しが見え始めているという。内閣府の「景気ウォッチャー調査研究会」委員など主要な景気委員を務めるエコノミストの宅森昭吉氏が、日本の景気を読み解く。
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2016年の景気を振り返ると、方向性がはっきりしない不透明な状況が続いた1年で、年初から心配なシグナルが点灯していた。初詣の三大スポットである明治神宮、成田山新勝寺、川崎大師に正月三が日に訪れた人の数は合わせて約933万人で、前年を5万人も上回っていたのだ。天候にも左右されるものの、神頼みをする人が増えるのは景気の行く末が不透明であることも物語っていた。
また、2016年は猫のスマホゲーム『ねこあつめ』がヒットしたほか、猫をテーマにした映画や出版物が続々発表されたり、猫をフィーチャーしたY!mobileのCMシリーズが話題を集めるなど、「ネコノミクス」なる猫ブームが到来したのも心配な要素だ。
というのも猫ブームは社会が癒しを求めている時期に訪れることが多く、景気のもたつきを示すからだ。過去に「なめ猫」が一世を風靡した1981年は景気後退局面だったし、猫が土鍋の中で身を丸くして眠る動画が「ねこ鍋」として話題となった2007年は、耐震偽装問題などが景気に冷水を浴びせ、それまで続いていた景気拡張が最終局面入りした時期だった。また、2016年は熊本地震や台風ラッシュなど自然災害も多く、人々のマインドに大きな影を落としたことも忘れてはならない。
熊本地震は100人を超える犠牲者を出す深刻な被害となったうえ、台風の上陸数も6と観測史上2位タイとなる多さだった。過去の例をみても台風が多い年は7~9月期の個人消費が弱い。通常は上陸しない北海道や東北に甚大な被害を及ぼしたのも、マインドを冷やす要因になってしまった。
海外要因でも、イギリスがEU離脱を決めたブレグジット・ショックや、円高による企業業績の低迷といった景気への悪材料には事欠かなかった。しかし、これだけの悪材料が続いた割には大きな落ち込みはなく、なんとか持ちこたえている印象もある。さらに、これらのマイナス要因を乗り越え、明るい兆しも見えてきている。
消費者マインドに直結する雇用や所得に関する指標には、強い結果が多く出ている。厚生労働省の賃金構造基本統計調査によると、最新データである2015年の月額賃金は前年比1.5%増と2年連続の伸びを示した。同年の消費者物価指数(持ち家の帰属家賃を除く総合)は1%の上昇なので、これを差し引いても実質賃金は増えている。
失業率も改善しており、7月と9月には3.0%と1995年5月以来の低い水準となった。雇用や賃金に関する指標は改善していても、景気に反映されていないと感じる人は多いだろう。それは2012年に始まった団塊世代の大量退職で生産年齢人口の割合が前年比で毎年1%以上減少する状態が続いており、プラスの影響を受ける人の絶対数が減っていたからだ。
この減少率は2016年から小さくなり始めており、2018年からは0.3%と小幅になる。今後はゆっくりではあるが、賃金や所得の改善がマクロ経済に反映されやすい環境になってくるだろう。
また、警察庁が発表している自殺者数を見ても、2015年は18年ぶりに2万5000人を割ったが、2016年の月次データを見るとすべての月で前年を下回っている。自殺には病気や悩みなどさまざまな背景があるため極端に減ることはないが、景気が良くなれば生活苦や資金繰りといった経済的な理由による自殺は着実に減っていくものだ。
金融機関に押し入る店舗強盗の数も、2016年は件数がゼロの月が9月までに3回あり、良いシグナルだ。ここ数年減少傾向が続いている東京23区のホームレスの数も、2016年は引き続き順調に右肩下がりで推移している。
身近なデータにも景気の底堅さは現われている。NHKの朝の連続テレビ小説の期間平均視聴率をみると、2016年3月に終了した『あさが来た』が23.5%、同9月に終了した『とと姉ちゃん』は22.8%と絶好調だった(いずれも関東地区)。
10月にスタートした『べっぴんさん』も初回平均視聴率は21.6%と好スタートを切っている。この3作品に共通するのは起業家がヒロインであることだ。こうしたドラマが支持を得る背景には、ビジネス上のチャレンジを応援する風潮があり、それが中小企業の設備投資の底堅さにつながると考えられる。
【PROFILE】たくもり・あきよし:さくら証券、さくら投信投資顧問のチーフエコノミストを経て、現在は三井住友アセットマネジメント理事・チーフエコノミスト。ESP景気フォーキャスト調査委員会(日本経済研究センター)委員、景気ウォッチャー調査研究会(内閣府)委員。著書に『ジンクスで読む日本経済』など。