新聞・雑誌がこぞって書評特集を組む時期だが、世の中には意外な読書家たちがいる。平凡とは真逆の人生を歩むアウトローの人々は刑務所の中で、ある人は趣味の延長で、人生を変えるような本に出会っていた。“伝説の雀士”桜井章一氏が感銘を受けた「愛読書」はいったいどんな本なのか。
かつて賭け麻雀で20年間無敗を誇り、“雀鬼”と呼ばれる男が、「今も私の根っこの部分にずっと置いてある」と挙げるのは『パパラギ』(エーリッヒ・ショイルマン著/SB文庫/600円、以下価格は税抜き)だ。南国サモアの酋長がヨーロッパを訪問し、そこで学んだ内容を帰国後、島民たちに語り聞かせるという物語で、1920年にドイツの作家が上梓し、1981年に日本で出版された。
「30代でこの本を読み、『我々は十分幸せな生活をしているから、ヨーロッパの誘惑に負けちゃだめだよ』という酋長の言葉に共感しました。1988年に麻雀道場『牌の音』を立ち上げてからも、道場生には『損得勘定ばかりするな』と教えています。私の生き様もそんな感じで、資本主義は罪悪と感じ、その中に組み込まれたくないと思っている。今でも、大企業の社長と会ったって頭を下げません」(桜井氏)
未開の地が好きだという桜井氏が最近、印象に残った本は、『羆撃ち』(くまうち/久保俊治・著/小学館文庫/638円)という作品だ。
「熊ハンターが書いたノンフィクションで、“自然の中で、五感で生きる”という神秘性がある。私にも狩猟民族のメンタリティがあって、70過ぎのジジイになっても毎年夏は伊豆の海に潜り、打ち寄せる波の合間を縫って銛で魚を獲っています。私にとっての麻雀も、勝負というより『狩り』だったので20年間、無敗でいられたのでしょう」(桜井氏)
※週刊ポスト2017年1月1・6日号