常夏の島ハワイで食べる江戸前鮨──。違和感を覚える人もいるだろう。そもそも、温暖な海に旨い魚がいるのか。鮮度は高いのか? ネタだけでなく、シャリは? ガリは? 酒は? と次々に疑問がわいてくるのもやむを得ない。
中澤圭二(53)がハワイ州ホノルル市内に「すし匠ワイキキ」をオープンしたのは、昨年9月10日のこと。中澤は、四半世紀にわたって東京・四谷「すし匠」の大将として、名だたる食通たちをうならせ、長らく日本の鮨界を牽引してきた鮨職人だ。中澤のもとから独立した弟子たちもまた高く評価され、活躍している。
日本食ブームもあって、海外での和食店、鮨屋の需要は高まる一方だ。だが、高級店であればあるほど、食材は築地を筆頭とした日本の市場から取り寄せてきているのが現状だ。一方、中澤が日本から仕入れるのはマグロと光り物ぐらいである。
ハワイに渡った当初、中澤は魚の扱いに閉口していた。
「築地に行けば魚を選ることができるわけです。たとえば、コハダを10枚だったら、いいものを10枚持ってこられる。でも、こっちではその選別がなかなかできない。結局こっちの魚屋さんは、カタの大中小だけで分けているんです。このモイ(*注)はいいけど、これはダメという質の基準がない。魚をわかる人がなかなかいないんです」
(*注:ハワイの高級魚。中澤曰く「ニシンのような、ムツのような魚で、蒸すとノドグロのようになる」魚)
それでも、辛抱強く魚屋に説明し、欲しい状態の魚はこうだと訴えて、少しずつ歩みを進めている。そうやってその土地土地で「江戸前鮨化」をはかることで、世界の魚事情が変わると中澤は信じているのだ。それは、単にハワイをはじめとするアメリカの魚介を美味しく食べる、というだけにとどまらない。