先進国を中心に「医療」が病気を患ってからの「治療」ではなく、「予防」の段階に力を注ぐ方向に大きく転換しようとしている。そのほうが国民の健康寿命は延び、医療費も削減できるからだ。にもかかわらず、予防医療では日本は後進国といわざるをえない。既得権を守りたい業界が「儲からないから」と予防よりも治療を重視するのもその理由の一つである。そして、この流れは世界の先進国の動きとは逆行している。
そんな状況下、「歯科」に関する予防医療で問題が指摘されている。現在、日本人の30歳以上の8割が歯周病といわれる。痛みなどの自覚症状がないまま進行すると、繁殖した歯周病菌や炎症により発生するタンパク質(サイトカイン)が血管内に侵入して全身に達し、心筋梗塞や糖尿病、誤嚥性肺炎や骨粗鬆症などを引き起こす。ジャーナリストの岩澤倫彦氏が指摘する。
「歯周病を予防するには歯科衛生士によるメンテナンスが有効ですが、予防歯科は保険適用外で自費だと3000~5000円ほどかかる。しかし、自費でメンテナンスを受ける患者は少ないので、歯科医は歯を削る治療にばかり注力しています」
医師で医療ジャーナリストの森田豊氏は悪弊を改めるため、病気になって初めて保険適用される「疾病保険」の発想を転換する必要があると指摘する。
「ほとんどの予防医療が保険適用外なので、医者は悪意がなくてもどうしても『治す』ほうに流れてしまう。本来、ワクチンや検診はそれほど高額でないので、今後は国が既得権益を一掃し、『20歳になったら全員無料でピロリ菌検査を受けられる』など予防重視の方針を示し、診療報酬の点数を変えるなど、踏み込んだ改革の必要があります」
そうした治療重視から予防重視への制度改革はもちろんのこと、「国民の意識改革」も必要だと訴えるのは、医療経済ジャーナリストの室井一辰氏だ。
「日本は欧米と異なる国民皆保険制度で医療費の自己負担が3割で済み、自治体によっては幼少時の医療費が無料のため“病気になってから治せばいい”との感覚が強く、予防医療に対する関心が低かった。“病気を予防する”ことへの意識を高めて、できるだけ長くQOL(生活の質)を高く維持できるよう一人ひとりが考え方を変えることも求められます」
日本は「予防ファースト」の国に生まれ変われるか──その正念場にあることは間違いなさそうだ。
※週刊ポスト2017年2月10日号