日本のサラリーマンの「働き方」に大きな変革の波が押し寄せている。政府はサラリーマンの残業時間に「月60時間」という上限を設ける案を明らかにした。かつての経済成長を支えた仕事人間に与えられた「モーレツ」の称号は今や「時代遅れ」なのか。日本経済を牽引してきた名物経営者の“思い”を聞いた。
「残業制限」の流れを不可避のものとして捉える経営者も少なくない。頻出のキーワードは「生産性」だ。
アパホテルの元谷芙美子・社長(69)は「日本で今後、最も不足する資源は労働力。従業員が健康を害することなく働き続けるため生産性を向上させたい」と回答。残業減が実質的な賃金カットになることについては、「削減した残業代を原資に前期まで4期連続でベアを実施しています」(元谷氏)との見解を示した。
中小企業でも茨城県日立市でICタグなどの製造販売を行なうスターエンジニアリングの星勝治・会長も労働時間の短縮に前向きだ。
「今でも繁忙期には事務員でも検品作業を手伝うなど社員同士でカバーする工夫をしているが、残業上限60時間が導入されたら、そうした工夫を応用していく」
また、銀行マン時代「死ぬほど残業した」と述懐する作家、江上剛氏(63)も意外にも残業規制賛成派だ。
「残業は全部止めたらいい。本当に無駄ばかりです。一方でサラリーマンもAIやロボットにとって代わられない『付加価値を作り出す仕事』を常に考えなければいけない時代になります」
77歳にして現役、2兆5000億円の売上高を誇る富士フイルムHDの古森重隆・会長も朝から夕刻まで続いた執務を終え、午後7時に帰宅したところで直撃にこう答えた。
「日本の会社は人数をかけ過ぎですよ。5人で済むイベントに30人出したり、会議をぐずぐずやったりという働き方は変えるべき。指示を受けると、日本人社員は『徹夜でもやります』と答えるが、ヨーロッパの社員は『徹夜しないでもやれる方法』を考える。残業の『量』で頑張るのではなく、仕事の『質』で頑張ることがポイントでしょう」
残業規制についての問いに、百戦錬磨の名経営者たちですら葛藤し、言葉を選んだ。それだけ一律規制案のインパクトは大きい。ジャパネットたかた創業者の高田明氏(68)はいう。
「労務改革も社員同士が補完できる規模、人員の余裕が必要。同じ仕事でも10時間でできる人と15時間かかる人がいる。後者を教育しながら個々の生産性を上げる努力をしないと、本当の改善にならない。一律の制限だけでは企業の活力を削がれるでしょう」
日本企業はかつてない岐路に立っている。
※週刊ポスト2017年2月17日号