「時代の流れでこういう改革も必要になってくるのでしょう。バブルの頃のような働き方では立ち行かない時代になってきましたから」
本誌記者の直撃取材に都内の自宅前でこう答えたのは、セブン&アイHDを40年以上にわたり牽引してきた鈴木敏文・名誉顧問(84)だ。
昨年4月に会長職を退くまで毎日セブン-イレブンの弁当を試食、日曜日も近所の店舗で商品を買って味をチェックする“仕事人間”の言葉だけに、重みがある。
「人口減少で人手も足りない。売り手市場の中で、企業はいろんな人が働きやすいよう時間のマネジメントをしていかなければいけない時代です」
鈴木氏にそう語らせるほど今回の“日本人の働き方”をめぐるうねりは大きい。政府は2月14日の「働き方改革実現会議」で、サラリーマンの残業時間を年720時間(月平均で60時間)に制限する規制案を示す方針だ。
現行の労基法は、労働時間を「1日8時間、週40時間まで」と規定、残業は労使間で結ばれる同法36条に基づく協定(サブロク協定)を結ぶことで可能になる。さらに、多くの会社が付随して設ける特例条項によって残業時間は実質的に“青天井”にできる状態だった。
鈴木氏はイトーヨーカ堂入社前、大学卒業後の1956年に就職した東京出版販売(現・トーハン)での経験を振り返り、言葉を続けた。
「雑誌の出荷が集中する時期、季節労働者は月150時間くらいは時間外労働をやっていましたよ。稼ぐ目的で集まった労働者だからできたことですが、それが今の全ての人に当てはまるわけではない。これからは上手に労働時間の管理をやっていかなければ企業は立ち行かない」
2015年12月に自殺した電通の女性社員は、残業時間が月100時間を超えていた。この事件に象徴される労働環境に何らかの是正策が求められるのは確かだが、「働き方」は業種や業態によって様々だ。識者たちの間でも賛否が分かれている。
「必要な改革だ」と評価するのは人事ジャーナリストの溝上憲文氏だ。
「人口減少による労働力不足で高齢者や女性に活躍してもらわないといけないが、労働時間を短縮しないと定着率も上がらない。企業説明会でも学生から残業時間を聞かれるそうです」
一方、経済ジャーナリストの荻原博子氏は「財界に都合がいい案」と見る。
「現場ではどうしても時間内に終わらない仕事もあるから、結局“持ち帰り残業”が増えるだけではないか。社員の時間外労働にボーナスで報いてきた企業も、今回導入される上限を口実に、今後は支払わなくてよいと考える可能性もある」
※週刊ポスト2017年2月17日号