『スケッチブック上の住人』(2013年)
日中もカーテンを閉め切り、タングステンランプのオレンジ色の光の中で、シャッ、シャッと鉛筆を運ぶ音だけが聞こえる。生み出される作品の奇抜さからすれば、制作現場は驚くほど狭い。大阪市内の6畳一間ほどの住居兼アトリエが、今話題の新進気鋭の3Dアーティスト・永井秀幸(25)の製作現場だ。
描く作品は、目の錯覚を利用した3Dアート。ある一定の角度から見ると、スケッチブック2枚に描かれた異次元の住人がふわりと浮き上がる。作品は繊細だが、使用する道具はいたってシンプルだ。スケッチブック、鉛筆、消しゴム、白熱灯とデジカメがあればいいという。
取材時も「簡単な絵ならすぐに描けますよ」と話し、カメラを覗き込みながら、下書きなしで白いスケッチブックに“手”を書いていく。カメラの画面を通すと、より飛び出して見えやすい。
「まず初めに、浮かび上がって見せたい角度や光の方向を決めて、HBなどの薄い鉛筆で輪郭を描いていきます。その後、2B、3Bと濃い鉛筆で輪郭を描いて、最後に8Bの鉛筆で影をつけると、絵が飛び出ているように見えるんです。影の向きや陰影の強弱は、カメラを見ながら調整します」
ライティングも大事なポイントだ。
「光の角度や明るさが少し違っただけで、2枚合わせたスケッチブックの境目が見え、絵が浮かび上がらなくなってしまう。それに、僕が表現したいのは、架空のモノクロでダークな世界。オレンジ色のぼんやりした灯りで幻想的に見えるよう、会場に展示するときは光を細かく調整します」
そうこうするうちに、真っ白だったスケッチブックに、スッと“手”が現われる。時間にして10分。まさに、「空間の魔術師」だ。
1~2日で1つの作品を完成させることが多いが、1週間かかることもある。部屋に閉じこもる時間が多いため、生活リズムには気を配っている。
「朝起きたら描いて、ご飯を食べて、また描いて寝る。作業は、1日に6~7時間くらいですね。土日は休んで、気分転換に漫画を読んだり、ジョギングしたり。意外と曜日感覚があるんですよ(笑い)。依頼される仕事は締め切りがありますが、描くこと自体は、どこまでやれば終わりという目処がありません。だからこそ、オンとオフをきっちり分けるよう心掛けています」