決して派手とは言えないものの、ドラマ通の間で評価を高めている作品が木曜9時枠にある。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が指摘する。
* * *
『就活家族~きっと、うまくいく~』(テレビ朝日系木曜午後9時)がしぶく光っています。65歳の三浦友和が、連ドラの主役を堂々と演じ切って輝いている。と同時に、家族一人ひとりがきっちりと違うテイスト感を出し、人物造形が実にイキイキとしています。
一見、平凡平穏に見えた4人家族が、全員仕事を求めて就職活動に取り組むことになるという異色のストーリー。これまであるようでなかった日常の中の「まさか」を描き出すこのドラマ。魅力を3点、あげてみると……。
●エリート男性のプライド、沽券(こけん)が、はらりと剥がれていく切なさ
このドラマ、まさしく「中高年サラリーマンの生き様」が大きなテーマになっています。三浦さんの役柄は、有名鉄鋼メーカーで人事部長として働く富川洋輔。コツコツと信念を持って仕事をしてきた正統派エリート。長年会社のために尽くしてきた。役員昇格を目前にし、いわば人生の成功者になるかと思いきや。
有力取引先社長の息子の縁故入社を断ったこと、部下へのセクハラ疑惑に巻き込まれ、まさかの転落。リストラされてしまう。が、家族にはどうしても「会社をクビになった」と言い出せない。新居は建設中、住宅ローンも組んだばかり。絵に描いたような「家族の幸せ」が手に入る直前で……。
三浦友和が、切ない。エリート男のプライドのやっかいな面を一つ一つ丁寧に、描き出しています。「できないとは言えない」「負けは認められない」「仕事や肩書きについて優劣の価値観から自由になれない」。本人の責任であると同時に、「男」をめぐる社会環境がそのようにさせてきたと言える。そんなことを考えさせられてしまう。
一言でいえば、「降りることができない」つらさ。エリートの悲哀が、静かにリアルに、しかし暗くなくややコミカルに迫ってくる。第5話ではとうとう会社をクビになりアルバイトをしていることが家族にバレてしまった。さあどうなるのか。物語は佳境へ突入していく。
●家族4人の鮮やかな描き分け
母親・水希役に黒木瞳。長女・栞は前田敦子、長男・光は工藤阿須加。私立中学の教師の母(黒木)は、明るくほがらかで前向きな人。宝飾メーカーで働く娘(前田)は、要領が良くてちゃっかり系。軽いけど、実は純粋でもある。大学生の息子(工藤)は、まだ社会を知らず体育会ノリでまっすぐ。
それぞれ順調に見えていた生活が、ふとしたきっかけで崩壊し始める。固そうな教師の母はホスト通いに。長女は女上司とトラブルになり「辞めてやる」とタンカ。好きな仕事に就けそうだった長男は、夢が形になる手前で頓挫。
家族ドラマの面白味の一つは、家族一人ひとりのバリエーションをいかに出すかにある。それをきっちりと見せてくれます。
●物語はいったいどこへ着地していくのか、というスリル
いったん狂い始めた歯車。あらぬ方向へと散らばっていく人生…。いよいよ全員が職を無くしてどん底に。いったいこの家族、どこへと着地するのでしょう?
目が離せない。家族のまとまったチーム→乱れる→崩壊→再生? 脚本の構成、骨組みがしっかりとしているために、大胆でドラスティックな展開も期待できそうです。
実はこのドラマ、直前にもう一つ生々しいエピソードがありました。薬物騒動で芸能界引退を発表した成宮寛貴さんが、娘の恋人役で出演予定だった。急遽代役として渡辺大さんになりました。
直前の危機、パニックはむしろ「雨降って地固まる」効果に? 俳優陣、制作陣のチーム力がぐっと高まったのではないでしょうか。一見地味な家族ものドラマに見えますが、一つ一つの描写が丁寧で、役者の魂がこもっているのを見ると、そんなことを想像してしまいます。
最後に、挿入歌「RAINY DAYS AND MONDAYS(雨の日と月曜日は)」。静かに心に滲みる。原曲はカーペンターズ。しっとりとした声で歌い上げる詞の世界は、「日常の中の憂鬱」。このあたりもドラマのテーマと響きあっていて、実に凝っています。