今、静岡・熱海を訪れる観光客が増えている。2015年度、熱海市内の温泉のある旅館やホテルに滞在した宿泊客は300万人の大台に乗った。これは実に13年ぶりの大記録だ。さらに、2016年には楽天トラベルが発表した「人気温泉地ランキング」で、2年連続の1位に輝いている。
花見客や熱海駅前や駅前商店街の人だかりを見ても、若者から家族連れ、お年寄りまで幅広い世代から熱海が支持されているのがわかる。なぜ今、熱海の人気は再燃しているのか――。
昨年11月、熱海駅前が大きく変わった。駅が大規模改装を終え、駅ビル『ラスカ熱海』がオープンしたのだ。多くのお土産店や観光案内所のほか、高級スーパー、ドラッグストアに100円ショップも入居していて、観光客だけでなく、地元の住民にとっても便利な施設となっている。もともと熱海駅前の商店街には、歴史ある店が軒を連ねていて、そこにも青果店や鮮魚店があるため、より一層、生活に便利な環境が整ったといえる。
熱海市役所観光経済課の末丸大介さんは「駅前の商店街には数年前にパン屋さんができたり、観光者向けだけではなく、生活者にも便利な店が増えています。また、これまで駅の近くにはスーパーはなかったので、その点で駅ビルができたことで、さらに利便性がよくなったのは確かです」と言う。
熱海市内に移住する人は年々、増加傾向にある。2015年度の数字を見ると、45才以上では転入者の数が転出者を上回っている。熱海市全体では人口減少が進むが、この世代の“移住者”は増えているのだ。著名人でも、脚本家の橋田壽賀子さん、女優の泉ピン子さん、スピリチュアルカウンセラーの江原啓之さん、作家の森村誠一さんなど、熱海に居を構える人は多い。
ボランティアガイドの田中明博さんも移住者の1人。今はほぼ毎日、観光名所「お宮の松」の前に立って、ガイドを行っている。
「お宮っていうのは、今で言うと武井咲ちゃんや広瀬すずちゃんのような美人だったんですよ」
田中さんがそう説明すると、若い人たちの間から笑いが起こる。ガイド相手によって使う言葉や話し方を変えるなど、聞く人の興味を巧みに惹きつける話術の持ち主だ。
熱海市観光経済課が主催する「まち歩きガイド養成講座」を受講後にガイドを始め、それが評価されて、熱海親切運動推進協議会より“善行者”として表彰されてもいる。
田中さんが横浜から熱海へ移り住んだのは7年前。3人きょうだいの末っ子だった田中さんは独身で、40代の頃から、同居していた両親の介護を担うことになった。勤務先の横浜市役所から帰宅すると、ヘルパーに代わって介護をする日々。当然、心身への負担が大きくなる。田中さんは54才のとき、ついに倒れてしまった。